第7話
セウム都市脱出劇――と言っても閉じ込められていたわけではないが――から半年が過ぎた。数千年生きているアーサーとルシファーにとって、半年という月日は数日の感覚。数日の感覚ということは、忘れたいことも忘れられない期間であるということ。
ルシファーはいまだに悔やんでいた。人間――リンに自宅である魔王城の場所を教えてしまったことを。
過去にルシファーとの別れを嫌がる女性は、数えきれない程存在した。「どこまでも付いて行く!」と泣き叫ばれたりもした。
こんな魔族が住む大陸に、リンが来られるわけがない。だが念のためと、ルシファーは魔王城の引っ越しをしていた。
現在ルシファーはその引っ越しの最中。あの見上げるほど大きい魔王城の中にある大量の荷物をどうやって運ぶのか、それは非常に簡単。
――魔王城ごと運ぶのだ。
魔人界の一部では頭上を見上げると、遥か上空でブラックドラゴンが城を率いて飛んでいる様子が見られるだろう。勿論、地上からルシファーの姿は見えないが、ちゃんとドラゴンの背に乗って城を操っている。横になってのんびりとくつろいではいるが……。
空を支配している魔物たちは、魔王が自分の支配する領空に侵入しても、何も出来ずに見過ごすしかなかった。食事が好きで女誑しな性格であっても、魔王はやはり魔王だということだ。
空を飛ぶ城は徐々に高度を下げ始める。ドラゴンと城の飛行速度はゆっくりとしていた。音を周囲に撒き散らすことなく、静かに目標着陸地点へと降下していく。
引越し前まで、昼も薄暗い鬱蒼としたジャングルの中に建てられていた魔王城は、今回、魔人界で1番美しいとされる浜辺まで飛行時間約10秒――ただし魔王基準――の距離にある、クロム山という山の山頂付近に着陸した。クロム山の標高はそれ程高くなく、中緯度に位置するここは、雪が山頂でもめったに降らない。標高が高くなくとも、クロム山以上の標高を持つ山はこの付近に存在しないため、クロム山は周囲を一望できる場所となっている。
クロム山に着陸したルシファーは、軽やかにドラゴンの背から飛び降りる。背に羽織ったマントが靡き、バサバサッと音をたてる。華麗に着地したルシファーは、ドラゴンの首を一撫でして召喚魔法を解いた。その場からドラゴンの姿が消え、ルシファーは魔王城の前で1人寂しく佇んでいた。
ルシファーが降り立った山頂付近には、人の背丈を超すような木々は存在しない。遠くから見ても、魔王城の存在がはっきりと分かる。魔王城以外何もないと言っていい山頂は、常時強い風が吹いていた。羽織っているマントは風に煽られ大きくはためいている。肩まで届く後ろ髪も強風に揺れていた。
しかしルシファーはそんな風を気にすることなく、数千年使ってきた魔王城を見上げたまま呟いた。
「……改装……でもするかぁ」
力のない言葉を吐き、ルシファーは魔力を放出し始める。操るは魔王城を形作る素材そのもの。勿論荷物も一緒に魔力で操る。先端の尖った超巨大な塔は、何万何億という足の指サイズから身体の数倍サイズものパーツに別れていった。
「どんな形にすっかねぇ……」
ルシファーはブツブツ独り言を呟きながら素材を操る。それらは次第と決まった形を作り出していった。
引越し前のジャングルにいた時は縦に長い城だったが、今回は横に長い城が出来上っていく。
「……こんなもんかぁ」
出来上がった城は、フランスのシャンボール城に似ている。勿論魔王城のサイズは規格外だが。
魔王城の城壁は長方形で、四隅に監視塔が建っている。海側の長辺にも塔が入口となる門を挟むように建っている。城壁内には魔王が住む家が見える。そこは前回の、高さが仰角90度に迫るということはなく、縦横に長く大きいといった印象を受ける。最上階には幾つもの飛び抜けた屋根や、高価なガラスが嵌め込まれた窓が見える。
「うむ、我ながらいいセンス。……さて、せっかくだから海でも行ってみるかぁ」
元気の出ない体に活を入れ、ルシファーは身を翻す。向かう先は魔人界で1番綺麗とされる浜辺――ランタンビーチ。ルシファーは宙に浮き、高速でランタンへ飛んで行った。
***
一方、ルシファーがランタン目指して飛んでいる頃、アーサーはマスビス国セウム都市の光の神殿で、魔王討伐の準備をしていた。今回もまた、前回と同じメンバーで魔王討伐に挑む。
前回の反省点は個人の能力。1対1の戦いになった時、どうしても魔族とは純粋な力と魔力量に差が出てしまう。そこでアーサーは、魔力を正確にコントロールする技術をこの半年間みっちり仲間たちにしごいてきた。
それも先週には終わっていた。そしてこの1週間は精神を落ち着かせ、ルシファーの5連勝を阻もうとアーサーは意気込んでいるのだ。
しかし、セウム都市出発を明日に控えている今、アーサーはある事件で頭を悩ませていた。
「……お前の責任だからな、ルシファー。見つけて何とかしろよ~……」
それは半年前、クリプトン公主催のパーティーが終わって数日後の事だった。
アーサーがいる部屋に強く戸を叩く音が響く。
「勇者様! 失礼します!」
アーサーは素早くフルフェイスを被り、素顔を隠す。
「入れ」
入ってきた兵士は全速で走ってきたのか、非常に息が荒かった。
「……何用だ」
アーサーは、「また面倒事でも起きたのか?」と軽い気持ちで予想したが、兵士から告げられた言葉は、アーサーの予想を遥かに超えつつ、心当たりが非常にある事件だった。
「申し上げます! クリプトン公、ヘリュウム・ペリオディック様の次女、リン・ペリオディック様が――行方不明です!」
読んで下さり、ありがとうございました。
8話目は12時投稿予定です。




