第6話
今回は長めです。
公爵家の誘惑騒動から1ヶ月後。アーサーの借金は白金貨700枚を超えた。
アーサーは約束の奢り期間を終えると、勇者として数々の魔物討伐依頼などで金銭を稼ぎに東奔西走した。昼夜問わず仕事をこなしたため、借金の完済に見事成功。脅威の返済速度であった。
「はぁ~……。なんて淑女に甘い俺なんだぁ。これ、1日帰れなくなるなぁ」
「んなこと言ったってこの容姿なんだからしようがねえだろ。一時だけでいいから淑女を満足させるのも俺たちの役目よ」
「本来の役目は殺し合いんだけどなぁ」
「だよな~……はぁ~……」
アーサーとルシファーはパーティー用の立派な服をめかしこんで、大きな屋敷――クリプトン公が住む屋敷の前に佇んでいた。
2人は1ヶ月前にクリプトン公の次女――リン・ペリオディックからパーティーの招待を受けていた。2人は美女のお誘いを無下に出来るわけもなく、快諾してしまったのだ。
パーティーには多くの貴族が招待されているため、2人が女性たちに囲まれるのは必至だろう。女性だけでなく勿論男性も招待されているのだが、アーサーとルシファーが会場にいては、男性陣はいないも当然だろう。
そこから窺えるのは男性たちの嫉妬の視線。視線だけで相手を射殺さんばかりの嫉妬の嵐が降り注ぐだろう。目に浮かぶそんな光景に辟易しながらも、招待カードを門兵に見せて2人は屋敷内へと入っていく。
パーティーの開始はもう間もなく。パーティー参加者の気を焦らすように、太陽はゆっくりと沈んでいく。
***
いくつもの【光球】が、宙にふよふよと浮いている。【光球】による照明は人々の興奮を落ち着かせ、会場全体を穏やかな雰囲気に保っていた。
パーティー会場では音楽隊による演奏と歌が披露されている。会場に響くその音楽に合わせ、男女は手を取り合って優雅にダンスを踊っている。
テーブルの上には料理長による一級品の料理のもてなし。
他には会場を彩る花、絵画の数々。そして、このパーティーの華とでもいう女性陣。
パーティーは王家主催にも劣らない豪華さだった。
そんな中、パーティーの華である女性たちは瞳をハートに変えて、ある2組の男女に視線を送り続けていた。その視線の種類は、恋に堕ちる緊張感の含まれた視線と、同性である女に向けられる殺意の視線だ。また男性陣も同じ視線をその2組の男女に送っていた。全員の視線を集める男女。それはアーサーとセリン・ペリオディック、ルシファーとリン・ペリオディックのペアだった。
アーサーとルシファーはペリオディック姉妹の相手をしながら、会場に並べられた料理、そしてパーティーを満喫していた。
パーティー会場に並べられた料理は、飽食の都市セレンに店を構える、アーサーたちも利用した高級料理店フォルミで、過去に修行をして腕を上げた料理人が担当している。
1ヶ月前、ペリオディック一家がフォルミを利用していることから分かるように、両者は深いつながりのある関係になっている。今回料理人の補充ということで、何人かの料理人がフォルミから出張してきて、パーティーの料理作りを手伝っている。
そのため会場のテーブルに並べられている料理は、フォルミ料理店の品そのものと言っていい出来栄えとなっていた。飽食の都市セレンに行かずとも、そこで店を構える有名料理店の料理が食べられるのは幸せなことだろう。
「アーサー様! アーサー様! こちらの料理も美味しそうですよ! はい、あ~ん♡」
「あ、あーん……う、うまいな」
「はい! ありがとうございます!」
「ルシファー様。こちらはいかがでしょうか。私が食べさせてあげます故、お口を開け……開けてもらえますと――」
「あんむ……うんめぇ!」
「ひゃあ! お、お気に召していただけたようで、料理長も幸せだと思います」
「いえいえリン様。リン様が食べさせてくださることで、私は100倍も美味しく食べることが出来ました。私は誠に幸せ者でございます」
「そ、そんなぁ~♡ ルシファー様の笑顔が見られる私の方こそ幸せ者ですぅ~♡」
アーサーはぎこちない動きで、セリンからの甘々な奉仕を受けていた。ルシファーはテンション高くノリノリとなり、普段冷静なリンも恥ずかしがりながら積極的に動いていた。
アーサーはいつまでたってもパーティーなどには慣れることが出来ず、そして好きになれなかった。一方ルシファーは開始当初こそは愚痴を言うものの、美味しい料理や酒の勢いでテンションは次第と上がっていく。最終的に、パーティーの夜は女性の部屋へ直行して一夜を過ごすことが多々あった。
「アーサー楽しんでるかぁ?」
「……あんま羽目外すなよ」
2人が言葉を交わしていると、主催者であるセリンたちの父――ヘリュウム・ペリオディックが壇上へと上がる。会場に集まる参加者たちの注目を一身に集め、一呼吸置いてから話し始めた。
「ゴホン。え~、今夜は我がペリオディック家主催のパーティーにお集まりいただき、誠にありがとうございます。皆さん、飽食の都市セレンで店を構える、高級料理店フォルミで修行を経験したコックによる料理はいかがでしょうか。まだまだ料理はありますので、心ゆくまでご堪能下さい」
ヘリュウムの演説は、身の上の自慢話や国の近況などなど暫くの間続いた。
「え~、最後にサプライズとして、私の従兄弟に当たる方をお招きしております。ではどうぞ、ハイド王」
その言葉に会場は一気にざわつく。ヘリュウムが気まぐれで開催したこのパーティーに、まさか国のトップである王が呼ばれているなど、誰も予想し得なかった。それはまた、アーサーとルシファーも同様だった。
「……おい……まずい事になったぞ」
「あ、あぁ……。確かにまずいなこらぁ……」
2人は冷や汗を流していた。
普段、2人は甲冑姿で過ごしているため、この世界で2人の正体を知っている者は皆無と言っていい。しかし、それに当てはまらない人物がこの世に1人だけ存在する。その唯一の人物こそが、マスビス国のトップである王――ハイド・セウム・ペリオディックだ。
いつしかアーサーの素顔は、マスビス国の王のみが知ることの出来るものとなっていた。そのため、ハイドはアーサーの素顔を知っている。
そしてルシファーの素顔がバレたのは、ハイドがアーサーと共にルシファーを倒すため、魔王城へと赴いた時だった。
戦闘が始まって数分。ハイドは自身が倒すべき魔人を倒すと、アーサーを援護するためにルシファーとの戦闘に介入する。アーサーとルシファーは互いの兜が外れないよう気をつけつつ、全力で殺しあっていた。しかし、ハイドの介入によりその状況は消えた。ルシファーを殺すことが目的であるアーサーは、ハイドの援護を無下にすることも出来ず、共闘するしかなかった。
そして2人の不安は現実となる。
ハイドはルシファーと実力に差があることを考え、徹底的に人体の急所である頭や首を狙っていた。アーサーとハイドの連携は見事だった。実力では魔王と同等であるアーサーに、勇者を除いて国で1番の実力であるハイドが攻撃に加わることで、少しずつルシファーの形勢は悪くなっていった。長引く戦闘によりルシファーは、自身の空腹でハイドから意識を外してしまった。そのタイミングを狙ったかのようにハイドは首へと切っ先を伸ばしてくる。まっすぐ伸びてくる剣は距離感が掴みづらい。ルシファーは一瞬の隙をついに突かれた。
「っぐぁあ!」
切っ先が首に当たる直前、かろうじて顎を引いたため、ルシファーは兜と鎧の隙間を突かれることは防いだ。しかし顎に当たったハイドの剣は、視界を確保するための隙間に引っかかり、兜をルシファーの顔から奪い去った。
「魔王覚悟!」
ハイドの攻撃により仰け反ったルシファーを見逃すわけがなく、アーサーはがら空きとなった首を一閃する。即死のルシファーは闇の粒子と化して、闇の神殿へと消えていった。
このような過去があったため、本人に確認をしていないものの、ルシファーの素顔がハイドにバレているものと2人は考えていた。
本来、人間の住む大陸にいるはずのない魔王。魔王の存在が知れ渡るとどうなることか、その状況は想像に難くない。しかもその魔王がパーティーに参加しており、勇者であるアーサーと仲良く食事をしている。間違いなくその状況は、アーサーの裏切りと見られることだろう。
それを恐れた2人は、すぐさまこの会場を出ることに決めた。
「ルシファー様、どこへ行かれるのですか?」
ルシファーのかすかな動きを、リンは見事に感じ取る。ルシファーは心のなかで「やっぱ女ってこえぇ~」と思っていた。顔に浮き出る僅かな表情の変化を感じ取り、絡めていた腕から伝わる動きより、会場から退出しようとしているのをリンは敏感に感じ取ったのだ。
だがそんな事で怯まないのが、数千年生きてきた男――ルシファーだ。
「そうですね。御不浄の方を利用させていただこうかと思いまして」
「分かりました。では私がご案内いたします」
ルシファーは「えっ」と本来漏らすつもりのなかった言葉を出した。まさか男のトイレまで付いて来るとは、全く予想だにしなかった。数千年培ってきた女性を相手する手段が通用しない瞬間だった。ハイド王も壇上に上がり始め、ルシファーの背中には冷や汗が滝のように流れていた。
一方アーサーはというと――
「だからちょっと出かけるだけですって」
「そ、そんなこと言って……グスッ、かえっ、帰ってこないのでは……ありませんか? 私が……私がそんなにお嫌いですか?」
「うぐっ……そ、そういうわけでは……」
セリンの泣き落としを食らっていた。
男は誰しも女の涙に弱い――というわけでもないが、アーサーは数千年生きていようがとことん弱かった。
勿論リンはそんな事を知らない。わざと泣いているつもりは毛頭ない。只々純粋に、アーサーと離れるのが辛いのだ。モテる男は辛い。
「ア、アーサー! もういい! 脱出だ!」
「お、おう!」
「待って! 待ってくださいルシファー様! 本当はどこへ行かれるのですか!?」
「え、え~っとですね、ここへ行きますけど来ないように……あ……」
余程慌てていたのか、ルシファーは思わず行き先を教えてしまった。リンの頭に手を置き、ここから自宅である魔王城までの道程を全て、リアルな映像でインプットしてしまったのだ。
「え? こ、ここって……」
(しまったぁ~~~~!)
ルシファーは数千年の人生の中で、1番の失敗を犯した。
誰にも知られることのなかった自分の正体。親友となったアーサーのみが知っているはずだった、魔王である自分の素顔。戦いの最中、ハイドに見られた仮面の下。そして、セリンに自ら明かしてしまった住処である魔王城。もう言い逃れは出来ない。直ぐにでも、『イケメンルシファー=悪の象徴魔王』という式が出来上がるだろう。
ルシファーはまず間違いなく、人間たちが住むこの大陸に訪れることは、数百年の間出来なくなるに違いない。
リンも父から魔王城の姿を聞いたことがあるのかもしれない。リンの頭の中に映る城の全貌は、彼女を思考停止状態にするには十分だったのだろう。彼女は全く動きを見せなかった。ルシファーはその隙を突いて、アーサーと共に会場を飛び出す。
「やべぇ事になっちまった……」
「あぁ、確かにまずいな。ハイドが来るとわ。危なかったな」
「いや……それもそうだが、……リンに、城の在処を教えちまった……」
「……はぁ!?」
夜は更け、月明かりのない真っ暗な外を2人は会話しながら走る。30mの城壁を軽々と飛び越え、落下中に2人は召喚獣を呼び出す。
アーサーはホワイトドラゴンを。ルシファーはブラックドラゴンを。2頭はドラゴンの中でトップの実力を持ち、2人を認めた存在だ。数千年という長い月日を共に生きてきたアーサーとルシファーにとって、ドラゴンたちは魔人と人間以外で唯一の存在。
2人はそれぞれのドラゴンの背に跨がり、夜空へと舞い上がる。セウム都市の城壁からは、あっという間に2人の姿が見えなくなった。
「はぁ~……。テルルの蒸し焼き、食いたかったなぁ……」
「こんな時だってのに飯かよ……」
読んで下さり、ありがとうございました。
7話目は明日の0時投稿予定です。




