第4話
飽食の都市セレン。人が絶え間なく訪れ、賑わいの尽きることを知らない都市。人間界の食に溢れ、大陸中から人が集まる。
セレンの料理の味はどこの店も一級品。それは甲乙つけがたい程だ。
セレンで展開する店の味の凄さを物語る逸話が、嘘か真か存在する。
ある国の貴族に、若く美しい新婚夫婦がいた。2人は互いを愛し合い、恋愛結婚で一生の愛を誓い合ったばかり。そんな2人は夫の仕事の忙しさで妻はいつも1人だった。そこで妻は気分転換にと、数人の女性騎士を連れて飽食の都市セレンに旅行へと出かけた。夫は妻を相手してやれないことを申し訳なく思いながら、妻を見送った。旅程1ヶ月の予定だったが、妻は帰ってこなかった。妻のことを心配した夫は、部下に様子を見てくるようにとセレンへ向かわせた。しかし、その部下も帰ってこなかった。
――愛する妻が帰ってこない。
妻が心配で堪らない夫は、自分が直接探しに行く決意をする。数人の騎士を引き連れ、屋敷を信頼の置ける執事に任せてセレンへと向かった。セレンに到着するも、妻は見つからない。そして妻を探し始めて数週間が立ったある日、食事中の女性に声をかけて妻を探していると伝えると
――あら、あなた。久しぶりじゃない。
その人は夫の妻だった。しかし、その姿は最早夫の知る人ではない。
首は見えず、胴体にブヨブヨの頭が乗っかっているよう。目は顔の脂肪に潰されて開いているのかわからない。そしてウエストは100cmを優に超えている。自分の足に合う靴がないのか、丸くなった素足で食事をしていた。一目見て、妻は夫の体重の2倍以上あると分かる、それはもう丸々と太った姿に変わっていたのだ。夫は「どうしてこんな姿に! 何故帰ってこなかった!」と聞くと妻は
――だって~、ここのご飯美味しいんだも~ん。やっぱ男よりご飯よね~。あ、でもご飯をいくらでも奢ってくれる男は好きよ~。
夫は愕然とした。よく見ると、妻の周りには見覚えのある女性たちが。彼女たちは夫のもとで働いていた女性騎士たちだ。彼女たちも鎧など既に入らない体型。それ以前に歩くのも苦労する体型へと変貌していた。夫は妻の姿に絶望し、その場で自らの命を絶やした。
この逸話は、『セレンの料理が強固に結ばれた人との繋がりさえも自然と切り離す、1種の麻薬――中毒になる可能性がある程美味しい料理だ』と客に伝えたいということである。
そんな都市伝説が存在する都市のある一角では、1日を通して宴のように騒がしい場所がある。本日もいつものようにうるさい。しかし、1店舗だけ普段と違った。その店の前には多くの人だかりが出来、盛り上がりを見せていた。
熱狂に包まれた店の前では、大食い対決が行われていた。1人はこの場には似合わない絶世の美男子。筋肉質な体型ではあるが、スラッとしていて背が高い。もう1人はいかにも大食いですと言わんばかりの体格。背は2mを超え、筋肉の盛り上がった大男だ。
戦況は終盤に差し掛かっていた。勝負が始まる前には誰しもが、大男の勝利で決まりだという雰囲気を出していた。しかし、両者のテーブルに積み上げられた皿の数、現在の食べる勢い。それらは比べる間もなく美男子が圧倒的だった。
終了の音が鳴り響く。勝者は歴然だった。大食い勝負には当然のように賭けも行われており、美男子に賭けた者は喜びの絶叫を上げ、大男に賭けた者は悲鳴を上げた。
大食い勝負に勝った美男子は立ち上がって両拳を突き上げた。周囲は歓声にあふれているが、美男子の後ろで控えていた彼の仲間と思わしき男は、深い溜息をついていた。彼もまた、大食い勝負に参加した美男子に並ぶ程の絶世の美男子だ。
疲労困憊に見える彼の名はアーサー。大食い対決に勝った男の名はルシファー。騒ぎの中心にいたのは、正体を誰も知らない勇者と魔王だった。
「はぁ~……。負けないと分かってても心臓に悪い……」
大食い勝負で負けたほうが、互いの食べた分の食費を全額負担する条件だったのだ。金のないアーサーは、ルシファーにご飯をタダで食べさせるため、大柄な男にこの勝負を持ちかけた。
魔力の生成と消費には多大なカロリーを消費する。そのため、魔力量の多いアーサーとルシファーは必然的に食事量が一般人よりかけ離れている。この世界の魔力量トップ2の2人に大食い勝負で勝てるわけがないのだ。
「うん~まかった――っ! いや~ごちそうさんねぇ、君ぃ。お陰でアーサー君が借金せずに済んだからなぁ。んじゃなぁ~」
ルシファーはまだまだ食えるような顔をしながら、この場を去ろうとした。しかしそれを許さない者たちがいた。
「待ちやがれェ!!」
10人程の男たちがルシファーとアーサーを取り囲む。辺りは騒然とし、人々が逃げ惑う。10人の男たちは各々の武器を持ち、2人を威嚇するように強面を見せていた。
「……おたくらぁ、俺たちになんかよう?」
「用があるのはお前にだ! 絶対に俺巻き込まれてるぞ!」
2人の周囲を囲む男たちの中から、ガタイのいい1人の男が前へと出てくる。
「お前らどうやったか知らんが、せこい真似してんじゃねえぜ? お前らがせこい事すっからドンがくたばっちまったじゃねえか」
「お前らじゃなくてルシファーだけね」
「そうかもしれんが、ズルなどするかぁ」
ルシファーとアーサーは文句を呟きながら、仲間に介抱されている大食い勝負をしていた男を見る。男は食い過ぎからか白目を向き、痙攣していた。限界を超えても食べ続けたツケが回って来たんだろう、と2人は考えた。
2人からの勝負を受けた時点で勝敗は決しているのだが、それを彼らに言うのは酷だろう。そもそも2人には正体を明かす気もないため、男のそのあられもない姿は致し方ないことだ。
そして、大食い対決の勝敗が決まっていたように、この騒ぎの勝敗も既に決まっている。
「お前ら2人とも覚悟は――」
話していたガタイのいい男は宙を舞った。見上げるほどの高さまで浮き上がり、そして奇声を上げながら地上へと落ちてくる。
宙を舞う男は副リーダー的存在だったのか、周りの男たちが「兄貴ィ――ッ!!」と叫んでいた。しかし、彼らの意識はそれと同時に消えていく。
「げはっ!」
「ぶひゅっ!」
「かふう!」
「かっ! っぱらぁ」
「ぼへす!」
「ぴゃう!」
「あうん!」
「んぐっ!」
「ままぁん!」
男たちは腹や顎にパンチや蹴りを貰い、次々と意識を失い地に崩れ落ちていく。アーサーとルシファーによるコンマ1秒劇だった。
「アーサー、次の店行こうぜぇ」
「んな!? まだ食う気か!」
「ったりめぇだろぅ。奢り期間はあとたったの3週間しか無いんだぜぇ?」
「うがぁ――っ! まだ3週間もあんのかぁ――っ! ルシファー、少しは自重してくれ!」
「知るかぁ」
アーサーとルシファーは喧嘩を売られていたことを気にもしない。2人は意識を狩られた男たちを視界に入れることなく次の店へと向かった。
「次の店は『高級料理店フォルミ』な」
「やめてくれェ――ッ!!」
読んで下さり、ありがとうございました。
5話目は明日の0時投稿予定です。




