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第3話

 夏。

 それは地獄の季節。大地は天然コンロと化し、地上にいる者を蒸し焼きにする。空からは殺人光線が降り注ぎ、人々をこんがりと焼きあげる。

 ギラギラと照りつける太陽のもと、外で働く人たちは汗水をたらし、時にはぶっ倒れながら、時には自分に集まる人を上空から見下ろしながら、必至に働く。

 しかしここは、そんな地獄と無縁の場所。緑は生い茂り、心地よい風がサワサワと流れる。川からはせせらぎが、森からは鳥のさえずりが聞こえる。森の中を流れる川の水面は、太陽光をキラキラと反射している。生き物の気配は滅多にせず、動物が水を飲むために川へと顔を出す時だけ。

 ――ポチャン

 川に何かが投げ込まれ、水面(みなも)に波紋が広がる。投げ込まれた物は糸と繋がり、そして竿に繋がっている。

 どうやら釣りが行われているようだ。

 川縁(かわべり)には2人の男がいる。2人は石に腰を下ろし、釣りをしていた。彼らの周囲には水球が3つ程ふよふよと浮いている。水球の中をよく見ると、魚が2,3匹ずつ入っていた。魚たちは元気に水球の中を元気に泳いでいるが、外へ落ちることは不思議となかった。

「あぁ~腹減ったぁ~~」

「財布が軽い。財布が軽い。財布が――」

 釣りをしている2人は、魔王ことルシファーと勇者ことアーサー。

 ルシファーは釣り糸が垂れる水面をぼーっとしながら見下ろしている。アーサーはルシファーの隣で膝を抱えながら項垂(うなだ)れていた。

 つい先日、2人は殺し合いを終えたばかりだ。勝負はルシファーが勝ち、アーサーに対して1ヶ月の間の飲食類の奢りを約束していた。

 殺し合いの日から7日後の今日、アーサーの財布の中身はなくなっていた。アーサーの貯金を含めた所持金は全額で白金貨100枚。その金額はそれなりの家が数軒買えるだけの価値がある。それだけの大金がたったの7日で無くなったのだ。その事実を知った者は驚く顔をすると同時に、誰しも同情の念をアーサーに送ることだろう。

「よっとぉ」

 ルシファーがまた魚を釣り上げる。魚は宙に放り出され、うまい具合に宙を漂う水球の中へとダイブした。

「そろそろ飯にするかアーサー」

「財布が~、財布が~」

「ったく、いつまでも落ち込んでんじゃねぇ。俺に奉仕したと思えば光栄だろうがぁ」

「ふざけんなぁ!」

 アーサーは勢い良く立ち上がり、頭を抱えながら空に向かって叫んだ。

「なんだよ7日で白金貨100枚浪費って! どうすればこんなに金が無くなるんだよおっ!」

「どうってそりゃあ――」

「やめろぉ――っ!」

 耳を貫く声量に、ルシファーは耳を塞ぐ。アーサーは完全に泣き崩れた。

「しょうがねぇなぁ。頭でも冷やしてこい」

「へっ? どぅわあああああ!!」

 ルシファーはアーサーを川へと放り投げる。

 川は大きな水しぶきを上げながらアーサーを受け入れ、川下へと流していく。決して急ではない(ゆる)やかなその川の流れに、アーサーは逆らうことが出来なかった。誰にも苦手な物や事はある。世界2強である勇者アーサーの苦手な事が、ただ『泳ぐこと』だったというだけである。

「ルグッパバ――ッ!!」

「さ~て、火の準備でもするかぁ。【種火】(ライトファイヤ)

 ルシファーはアーサーを無視し、事前に集めていた枯木へと火を付ける。小さな火はどんどんと勢いを増していく。火の周りには串刺しにされた新鮮な川魚が並べられている。木々はパチパチと音をたて、魚はジュゥーッと音をたてながら油を垂らす。

 ルシファーが機嫌よく鼻歌を歌っていると、背後の川は大きな水柱――渦巻きを天高く伸ばしていた。渦巻きはゆっくりと頭を下げながら、ルシファーがいる火の元へと落ちていった。

「ルシファ――ッ!!」

 魚を焼いていた火は渦巻きが直撃したことで消火され、もう少しで焼き上がる魚は水を含んでぶよぶよとなる。いや、それ以前に川へと流されてしまっていた。

「うおおおおっ!? 何してくれとんだアーサー! 魚がぁ~~」

「そらこっちのセリフだボケェッ!」

 アーサーは全身をずぶ濡れにし、呼吸を弾ませていた。

 火元の側にいたルシファーは、何トンにも及ぶ水を浴びたというのにピンピンしていた。流石は魔王だ。体は濡れているが、そんな事は気にせず嘆いている。

「おのれアーサー。お前の雀の涙しかない金が無くなったから、こうしてお前の分まで魚を取ってやっているというのに、それを無下にするたぁどういう了見だぁ!?」

「雀の涙て。お前白金貨100枚だぞ! それを雀って、そらねえよ……」

「しょうがねぇ。魚は許してやるから借金してでも飯を奢れ」

「お前こそどういう了見だ! 前回もそれで借金が白金貨500枚を超えたんだぞ! 全額返すのにどれだけ苦労したと思ってんだ!」

 辺りにはアーサーの声が響く。既に落ち着きを取り戻していた川に水を飲みに来た動物たちは、その声に驚いて森の奥へと逃げこんでいく。ルシファーも顔をしかめていた。

「うるせえなぁ。とっとと飛ぶぞぉ」

「嫌だぁ――っ!!」

 ルシファーは逃げようとするアーサーの服を掴むとブツブツと呟く。するとルシファーの足元を中心に幾何学(きかがく)な模様――魔法陣が大きく広がる。魔法陣は段々と光を増し、2人を包んでいく。

【転移】(テレポート)、セレン!」

「んなっ!? セレンってことは高級――」

 魔法陣の輝きは最高潮に達する。それと同時にアーサーの声は途切れ、2人の姿は消える。

 飽食の都市――セレン。人間界に存在する、食の中心国家。セレンには人間界に存在するあらゆる食物が集まり、大陸中から多くの人間が集まる。

 人は食の集まる所に集まるのだ。

 ルシファーは自分の腹を満たすために、アーサーの財布を借金で満たすためにセレンへと向かった。


読んで下さり、ありがとうございました。

4話目は12時の予定です。

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