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鐘の音  作者: 葵依幸
6/6

[06]鳴り響く鐘

◇ 鳴り響く鐘 ◇



「羨ましい展開で何よりです、って茶化してる場合じゃないのね。」

「まぁね……。」

 ぐずりながらもカフェで久しぶりの作戦会議、彼に取っては初めての事なんだろうけど。

 いままで経験して来た事を片っ端から説明して、頭をひねってもらう。大口叩いて、私を泣かせまでしたんだからちゃんと責任ぐらいは取ってもらわないと。睨んだらへらへら笑って手を振られた。バカだこいつ。

「ま、なーんとなく脱出の方法は分かったよ。」

「ぇ、うそ?」

「ホンと。伊達にひきオタやってません。これしきの展開欠伸が出る程見て来ましたからねー。」

 ふふふんっ、と鼻を鳴らされて「いだぃっ!」ムカついたから頭を叩いてみた。

 ——脱出出来る……?

 ……この状況から……?

 言葉の意味は理解出来ているけれど、いまいちピンと来ない。だって、私は何度も挑戦してその度失敗して——、

「……なによ。」

「実に悔しそうだなぁと。」

「死ねアホ。……で、どうすりゃ言い訳?」

 やってくる死神さんの攻撃をかわしてもかわしてもそいつは諦めるコト無く、私の命を狙ってくる。その度に生き返るのだからいい加減に無駄な事だと気付いて欲しいのだけど、仕事なのか大きな鎌で命を狩りにくる。っていうか、そう考えたら殺しに来る方も面倒だったんだね、御愁傷様。でも終るらしいからお互いやったね!

 期待のまなざしで見つめよう物ならきっと調子に乗るだろうから横目で、チラリと顔を見ると不敵な笑みで私を見つめ返していた。

「……早く言いなさいよ。」

「抗うから行けないんだよ、流れに身を任せれば良い。」

「は?」

「流れのきつい川で無理矢理上流に向かうのは骨が折れるけど、下ってしまえば流れさえも味方に出来るのだよ。」

 たとえ話が実に分かり辛いが、それを実践するとなると私の場合——、

「死ねって事じゃないの。」

 それじゃ本末転倒というか、結局繰り返すだけで意味が無い。ていうか、最初の頃に試したし。

「ノンノンノン、これだから素人は。」

 欧米人ばりのリアクションで首を振り、溜め息まじりに答える。

「知らずに流されるのと、狙って流されるのじゃワケが違う。それにキーは揃った。」

 指を立ててなんかカッコつけてるけど似合ってない。残念すぎる。

「僕に任せておきな?」

 言って残ったアイスコーヒーを流し込み、立ち上がって時計台を眺める。

 少しだけ引き締まった顔がちょっとだけどかっこいいぞ、おお、凄い。これが戦場に赴く戦士の顔か。

 ——と、当の本人は早くも諦めモードです。

 なんていうか、一瞬でもこいつに期待した私が馬鹿だったのかもしれない。絶対解決なんて出来無い気がする。

「行くぞ、」

「えっ、あっ、ちょっと!」

 私の腕を引き、時計台に向かって歩き出す。先を行く背中を見てチクリと胸の奥が痛んだ。

 結果無理だったとしてもこうして力になってくれている事には変わらないんだ。

 だから今回も死んで、また最初に戻ったらちゃんとお礼を言おう。そして、自分の気持ちに素直になろう。

 限られた2時間の中でこいつの事をちゃんと愛してやろう。

 ……我ながら何だかむず痒いな……、でも——。

 足を止める事も無く人ごみを抜け、時計台の前へ。見上げた針は直に12時を指すだろう。

 ——私、それだけでも幸せかな。


 鐘の音が鳴る——。


 時計台に亀裂が入り、ぐらりと傾いて、鐘が屋根と共に落ちてくる。

 黒い影が私たちに迫る。

 

 ——ああ、こんな事でも気付けて良かった。


 自然と頬が緩み、彼の手をキツく握りしめて、


 トン——、


「         ?」


 身体が後ろに突き飛ばされていた。

 彼が私を見つめて無邪気に笑う。

 

 ——あれ? あれ? あれ?


 何かがおかしい、何かが、変だ。


 ゆっくりと崩れ落ちて行く時計台。

 影に塗りつぶされて行く彼。


 動き出した時間が私を搦め捕って、辺りを白く塗りつぶした——。

「           ッ!」

 叫ぶ、彼の名前を。

 悲鳴にも似た私の声は音となって現れない。

 駅前の喧騒すら聞こえない。

 辺り一面濃い霧のような物に包まれて、彼の姿も、伸ばした自分の手すらも見えない。

「           。」

 叫んだつもりだった。

 それでも声は自分の耳にすら届かない。

 途方に暮れる。

 呆然と立ち尽くし、右も左も分からない空間を眺める。

 何度も死に直面し、その度に生き返った。生と死の間に何が起こっていたのかは私には分からない。死んだ後気が付けば元いた場所にいて、この奇妙なループはそう言う物だと思っていた。死の後に生が直結し、一つの輪を作っていると。けれど、もし、そうでなかったのだとしたら——? この空間の事を忘れているだけなのだとしたら——。

 彼の行動がどういう影響を与えたのか分からない、けれどいまここでこの状況を打開する策を見つけられなかったとしたらきっとまた永遠に囚われてしまう……!

 必死に何か辺りに無いか見回しけど何も見えない、走ってみるけど何処まで言っても白い空間が広がり続ける。

 臭いも、温度も感じられない。ここがあの世って奴なのかもしれない。ふとそう思った。


 ——かーん、かーん、かーん。


 ハッとなって音の在処を探す、聞き慣れたあの音だ。あの時計台の鐘の音が何処からとも無く聞こえてくる。

「ようやくお出迎えって訳だね。」

 私の隣に彼が立っていた——違う、ずっとそこにいた。私の手を彼が取る。それほど逞しくも無い癖に、私よりも大きな手。

「これは、どういう事……?」

 辺りはいつの間にかあの駅前に戻っていた。時計台の鐘が頭上で音を鳴らし続ける。

 そして目の前には多くの人々、見知った顔がちらほらある。ていうか、お父さんとお母さんの姿も。

「いよいよ走馬灯とかそんな感じなのかしら……?」

「あはは、ちがうちがう。んっ。」

 指を指され自分の服に目を向ける。

「ぇ————?」

 真っ白なウエディングドレスだった。

「ぁ、ぇ、ぅ……ぃ、意味分かんないんだけど。」

「だろうね。僕もまさか本当に君のそんな姿が見れるだなんて思いもしなかったよ。」

「って、ま、まさか……。」

「イエスっ、マイハニーっ!」

「ないないないないない! それはない!」

「そんな反応はショックだなー。」

 にへにへと相変わらずの笑みを浮かべて「似合ってるよ」だなんて言う物だから頬が熱くなった。

「んっの、あほ! しね!」

 怒りをぶつけてみるけれど、相変わらずにへにへにへにへ。全く、だからこいつはいつも——、ってあれ?

「……あんた、私の代わりに時計台の下敷きになったわよね……?」

 鐘の鳴り止んだ時計台を見上げる。特に変わった点はなかった。

「あの後、どうなったの?」

「あー、多分死んだんじゃないかなぁ。」

「は……?」

 曖昧に笑いながらポリポリと伸びきった髪をかき、彼は首を傾げた。

「僕にもいまはまだよくわかんないんだけどねー。」

「ぇ、ちょ、ちょっと、待って。どういう事。」

 妙な胸騒ぎがする。心無しか彼の顔つきが変わっているような気がした。まるで2、3歳年を取ったような——、

「まさか……。」

「研究に5年掛かったよ、っていうか5年で済んだのは幸いかな。」

 彼は淡々と語る。私の身に何が起きたのか、いま何が起きているのかを。

「理論上では過去の改変は不可能だからどう足掻いても死んでしまう。だから机上の空論でしかなくてここにこうして君が現れたのは我ながらびっくりだよー。説明は面倒だから省くけど、よくまぁ諦めなかった物だね。」

「……あんた、私がどれだけ苦労したか分かってないでしょ。」

「ごめんね、永遠に死に続けるって多分凄く辛いよね?」

「あんたがいっぺん死ね。」

 ホンと、どれだけ苦労したと思ってんだ。全く。

「——でも、最終的にはここにこうして生きてる。」

 ぽん、と私よりも背の高い彼は優しく頭を撫でる。

 いつもなら撥ね除けてやるのに今日は何だか不思議な感じで、されるがままに上目遣いに彼を睨んだ。

「マジで覚えと来なさいよ……。」

「えへへ、りょーかーい。でも、またこうして巡り会えて、本当に良かった。もう、死んじゃ駄目だよ?」

「言われなくても生き抜いてやるわよ、あれだけ殺されてもう死ぬのは散々ッ。」

「あはは、そうだね。」

「って——、あれ? あんたなんか透けてない……?」

 少しずつ、彼の身体が色を失って薄くなって行く。後ろの風景さえも透けてしまう程に、透明に——。これと同じ物を映画で見た事がある。過去の改変による現在の変化、ってことは——、

「あんた、消えるの……?」

 私の問いかけに彼は答えない。笑みを浮かべ、私を見つめるだけだ。

「許さないわよ、そんなの、絶対に……!」

 腕を掴んでみるけれどすり抜けて宙を掴んだ。そうしている内にどんどん彼は薄くなり、消えてゆく。

「あの頃の僕を褒めて上げなきゃだね。僕が直接行けない以上、あの時点での僕がどうにかするしか無かった。君が死ぬ代わりに誰かがその役目を補わなきゃ行けなかったからさ。君が現れるとしたら多分こうなるんじゃないかって思ってた。」

「ね、ねぇ、待ってよ。駄目、そんなのって無い、そんなの——、」

「あはは、そんな風に泣く姿初めて見たなぁ、役得役得っー……ほら、そんな風に泣かないー。」

 頬を優しく撫でたであろう手は私の涙に濡れる事は無い。

「うへへ、強気だけどホンとは弱虫な所、大好きだったよ。それじゃーね。」

 揺らめく視界の中、彼は、景色の中に溶け込んで行った。

 そこに残るのは駅前にしては静かすぎる空間だった。

「っとに……、バカじゃないの……!」

 悪態を吐き捨て、ドレスの裾を持ち上げると止める周囲の声にも耳を傾けずに駅へ向かい出す。

「何が、また巡り会えてだったよ! 何が大好きだったよ! 花嫁残して勝手に死んでじゃないわよ!」

 改札を抜けようすると色んな人の視線が集まってくる。そんなもの気にしてられっか——!

 もう死んじゃ駄目だとあんたは言ったし、私ももう散々だって言ったけど、こうなったら仕方が無いわよね。

 もう一度挑んでやるわよ。あの繰り返しに。彼を犠牲になんてしなくてもあのループから抜け出してやる……!

「恋した乙女の底力、舐めんじゃないわよッ!」

 ホームに流れ込んで来た電車に私は跳び込み、あの日へと戻る。彼を待つあの朝に。

 決められた運命なんて、ぶちこわしてやる——。


 遠くで、鐘の鳴る音が聞こえた。


◆ おしまい ◆

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