[05]鐘の音
◇ 鐘の音 ◇
「……おーい。」
頭の上から降り注ぐ声に見上げると彼が立っていた。ぼさぼさの頭が逆行に眩しい。
「どしたの、気分悪い?」
そうそう、お決まりの台詞。何度も繰り返したこの世界でこの言葉を何度も聞いた。
「待たせちゃってなんだけど、家まで運ぼうか?」
それじゃ次の言葉もあててみましょーか。
「「お姫様抱っこで。」」
ほら見なさい、ぽかーんってしてる。
あんた的には決め台詞だったのかもしれないけど先を読まれて残念ね。
「なに、そんな願望あったの。」
「んな訳無いでしょ、一回死ね。」
「マリーアントワネットさまのご命令とあらばー。」
ははーっと頭を下げてみせるけど、その目で心配してくれてるのはよくわかってる。申し訳ないとは思う。折角の誕生日に人様の看病なんてやってらんないわよね。
「で、本当にどうしたの。」
「疲れた。」
「お店入る?」
「いい、大丈夫。」
「ホントに?」
「うん。」
「我慢しなくていいよ?」
「ホンと大丈夫、だって、」
上を指出す。頭の上にあるであろう時計台を。
——ああ、ほら、鐘が鳴り出した。
「もう、終るから。」
俯いたから彼がどういう顔をしていたのかは分からなった。
悲鳴が飛び交う中私は目を瞑った。
「……もしもし? 早く来て。」
気が付いて早々携帯のボタンを押していた。言いたい事だけ言って電話を切る。通話終了の短いトーン音だけが耳に残る。
少し考えてみた。世界という存在は私という主観によって成り立つのだとすれば。世界の中心は私であって、他の事情は私が認識して初めて存在する。そう言う物だとすれば、私の命が終わる度に世界もリセットされているのだろうか。仮に全てパラレルワールドに分岐しているのだとすれば私は死に直面した瞬間違う世界に飛んでいるのかもしれない。じゃあこの旅の終わりはありとあらゆるパラレルワールドを経験すれ訪れるのだろうか。——一体何の為に?
神の意志なんて物が存在なら本気で私に何をさせようとしているんだろう。そろそろ諦めても良いんじゃないだろうか。「こいつじゃ駄目だ、他の奴にしよう」そんな感じで。だって何も救えなかったじゃん、あのテロリスト何者か分かんないし、そもそも私を殺す為に存在するって何よ。時計台が崩れればトラックは転がらないし、爆発だって起きない。死神さんに恋でもされてるの? それともこれは私への罰なの? なんの? 何か悪い事したかなー、してないねー、した覚えなんて無い。人並みに悪さはしたかもしれないけど、こんな時の回廊(笑)に閉じ込められるような事はしてないなー。
「はー……。」
この溜め息だってこれっぽっちも気持ちがこもってない。
繰り返して行くうちに気付いた事がある。人という生き物は何事にも慣れてしまう。同じ現象の繰り返しの先に感じる感情は薄まって行き、次第に「当たり前」に過ぎ去って行く。私が死んでリセットされて、時間が経ってまた死んで。何度も繰り返されたこの現象に私は慣れ、そういう物だと言う事実を受け入れつつあった。
多分きっとこの世界はそういう物なんだ。何かの間違いである一点以上に時間が経たなくなった世界。
これから先が存在しないから永遠に繰り替えす、セーブポイントである10時から12時の間を。私しか時間の巻き戻しに気付かないのは私が主人公だからだろう。一人称視点の物語は主人公以外の視点を必要としない。この世界の視点は私で私の視点以外世界を観測する方法など無いのだ。だから、仕方が無い。後1時間弱でまた死んで、生き返る。厳密には死んでないんだろうけど、何らかの方法で命を絶たれて蘇る。水が上から下に流れるように、手を伸ばしたって青空を掴む事なんて出来無いように。きっと足掻いたってどうしようもなく、帰る事なんて出来無いんだ。
「……だから、助けてよッ……。」
目の前に現れた手を必死で掴んだ。
「私を、助けてよ……。」
きっと何を言っているかなんて理解されない。彼はきっと混乱してる。こんな風に泣き付くなんて初めてだ。長い間腐れ縁を続けて来たけれど、絶対に情けない姿は見せなかった。けど、どうせリセットされるなら構わない。また0からやり直されるんだったらカッコ付ける必要なんて無い、意地張る必要なんて無い。
「お願いッ……、」
ぎゅっと掴んだ手が力強く私の手を握り返してくれる。引っ張られるようにして跳び込んだ懐は思っていたよりも大きかった。
「……ついに俺の出番ってワケですな、にへへ。」
その顔は見えないけれど、きっとバカみたいにニヤついてるんだろうなって言うのは想像出来た。
「待ちに待った厨二病展開よ、存分に楽しみなさい——。」
周りに見られてるのが何となく分かる。駅前でこんな事、普通なら恥ずかしく出て来ない。
でも、いまだけは、この非現実的な世界の中だけは構わないじゃない?
この先に待っている物を私は知っている。けど、いまこの時を私はまだ生きている事も知ってる。
でも胸を打つ鼓動の正体や、この謎の現象を抜けた先に待っている物を私はまだ知らない。
こいつに抱きしめられる事が、こいつが「任せろ」って言ってくれる事がこんなに嬉しいだなんて知らなかった。
だから——、
「 打ち破ってやるわよ。 」
鐘の音は、まだ鳴らない。