[03]作戦会議
◇ 作戦会議 ◇
「同じ時間を繰り返してるんだよね。」
「ほぁー。」
早々に打ち明けてみた。時計の針はまだ10時半を指している。打開するにはまだ時間はあるはずだ。
駅前のカフェに席を確保し、オープンテラスでアイスティーをかき混ぜながら様子を伺う。
「——どうすりゃ良いと思う?」
「競馬とか行ってみるとか?」
割と真面目な顔で答えてくれた。うん、アニメ大好きなひきオタくん。そう言う話に体勢はあるらしい。
「残念、時間が来ると死んでしまうんだよね。」
「シンデレラみたいだねー、鐘の音で魔法が解ける。」
「その鐘に押しつぶされて死ぬ事もあるんだけどさ。」
「痛かった?」
「あんまり。」
「そっかー。」
気の無い会話に押収で刻一刻と時間が過ぎて行く。時間切れになってもやり直せば良いだけだし、のんびりやれば良い。経験は蓄積されて行くんだ。
「何が原因だと思う?」
「うーん……。」
一応これまでの経緯と流れを説明してみたけれど、前代未聞な話だけにおいそれと答えが出る訳ではないようだった。
「っていうか、僕はそれに気付いてない訳?」
「気付いてないねー。全然気付いてない。ホンと鈍感過ぎてあんたが死ねって感じ。」
「生き返るなら構わないけど保証がないならやだなー、逆の立場だったら試せる?」
「死ねアホ。」
「だよねー。」
時間だけが刻一刻と過ぎて行く。
時計の針が一つ進むごとに死神さんは私の後ろに近づいて来ている訳だけど、それほど怖くないのは何故だろう。死ぬのが怖いのって「死んだら何も無い」からなのかな。死んだ所で目が覚めると分かっていたら怖くない? 感覚的には夜寝て朝目覚めるぐらいの感じだしなー。とはいえ、同じ日を繰り返し続けるのはやっぱり嫌だ。知識ばかり蓄積されても関係がリセットされるのでは何の意味も無い。人生楽しけりゃそれで良いって思ってたけど、それは違うみたいだ。ただ楽しい事を繰り返してるだけじゃ飽きる。なんだかんだ言って人と人との関係を積み重ねて行く事で「あー、私って生きてるんだー」って思えるらしい。わ、なんか悟り開きかけてる!ヨワい二十歳前にして悟っちゃいかけてる……!
「——死亡フラグっていうか、死ぬパターンが限られてるなら回避する事も出きるんじゃない?」
「なに、私にアクション映画さながらのアクロバットしろってーの?」
「踊るように避けてくれてもいいよ?」
「言ってくれるじゃないの。」
指をポキポキ鳴らしてみせる。
運動神経なら少しだけ自信はある。ドッチボールなら最後まで生き残るタイプだ。もちろん中央でボールを避けて。
「やってやろーじゃん。」
そうだ、これは私と運命との戦いなんだ。
決められた定めをぶち破り、まだ見ぬ未来へ踏み出そう。
——なんかいい感じのテーマソングでも聞こえてきそうじゃん。
「なーんか主役張ってて羨ましいなー。」
暢気なことを言ってくれる。
聞こえて来るのは鐘の音、カフェにいるってことは恐らくは——、
「耳、塞いでおいた方が良いわよ。」
「へ?」
勢い良くガラスの割れる音がして、何かが転がってくる。そうそう、このパターンだ。
提案通り、落ち着き、それを蹴り飛ばそうとして——、
「いっ……!?」
机の足につま先を引っかけてしまい、机ごと引っくり返って視界が回り——、目の前でそれが爆発した。
——日本も随分ぶっそうになったもんだなぁ、全く。
多分、私の顔めちゃくちゃになったんじゃないかな。結構ショックだ、はー……。
「つっても、元通りなんだけどさ。」
一応鏡で確認してみるけどいつも通り、可愛い顔がそこある。よし、メイクも崩れてない。
とりあえず、回避行動をとる事自体は可能だったらしい。失敗したけどあれは準備不足というか、急だったから。多分次は大丈夫だ。未だに寝ているであろうバカを電話で叩き起こし、「ループから脱出する、手伝え」と余分な説明を省いてかくかくしかじか方式で説明。そして死亡フラグ回避についてあれこれ話し合う。
「時計台が崩れて来たら?」
「とりあえず走れば?」
「トラック突っ込んで来るんですけど」
「横っ飛びでおけッ!」
「爆弾とか転がってくるんだよ?」
「机を引っくり返して盾に!」
「男に刺されそうになったら?」
「腕を絡み取ってやればいいよ。」
「なんちゅーか、奇跡の神業連発って感じね……。」
「カメラ回してようか?」
「あー、うん、お願いするわ。」
スマートフォンを取り出してにへにへする彼は何だか楽しそうだった。人がこれから死地に出向こうとしてるってのに。
「テレビ局に売るならちゃんと報酬は山分けよ?」
「生きてればねー。」
既に録画をスタートしているのかレンズをこちらに向けて笑ってみせる。なんていうか、あどけないなぁー、ほんと。髪の毛ぼさぼさで見るからに不潔そうなんだけど、笑顔だけは評価してやっても良い。長い付き合いだけど唯一褒められる所があるとしたらそこを推す、っていうかそれ以外無いんだけど。ひきオタだし、運動出来ないし、美少女ゲームとか大好きだし。大学もサボるし、コンビニでバイトしてても何か見てるこっちが恥ずかしくなるぐらいだらしないし。
「ん? どうしたの?」
「別に、何でもないわよ。」
見慣れた顔の癖に何だか気になった。いま見ておかないと後悔するような、そんな感じ。凄く曖昧だけど。
「そう言えばさー、」
にへにへと長い髪の奥で目が色を変えた。
「黙れ、消えて。」
「えー、まだ何も言ってないー……。」
「あんたのそれはろくなコト無いから。」
そもそもこの状況だってあんたが「そういえばさー、明後日誕生日なんだよねー」って言い出したのが原因じゃないの。
「……で、なに?」
「わー、聞いてくれるんだー。流石、優しい。」
「善行積んでおけばもしかするかもしれないでしょ。」
「打算系女子ってやーね。」
「黙れ。」
ちっとも話が前に進まない。コイツは本当に自体を飲み込めているんだろうか。冗談半分で聞いてるんじゃないだろうか。
ていうか、爆弾転がってくる時に「耳塞いだ方が良い」って言ったのにこいつ「ぽかーん」ってしてて全然自体の見込めてなかったよね。ってことはやっぱり……あー、いや、納得させる必要な無いのか。
「今日はありがとね。」
「……は?」
突然笑顔で似合わない台詞を言ってくれる。
「無理矢理付き合わせちゃって申し訳ないなーって、いつも忙しそうだからさ。」
「……んなことないわよ。」
「ふーん。」
「なによ。」
「なんでもないよー。」
会話だけ聞いていればお互い成人を前にした男女とは思えない味気なさだ。幼馴染み故だろうか、なんだか互いに幼くなってる気がする。
「はぁー……、とにかくま、いまはこの状況打破しなきゃね。」
椅子から立ち上がり、店内を見回す。爆弾が飛んでくるなら先に目を向けていた方がいい。っていうか犯人の目星ぐらい付けておけばよかった。つくづく死ぬ事に抵抗無いな私。
「がんばってー。」
スマフォを構えながら笑うバカ。
大きく溜め息を付きながら鐘の音に意識を向ける。
時計の秒針が時を刻み——、その時がやって来た。