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鐘の音  作者: 葵依幸
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[02]時計台の前で

◇ 時計台の前で ◇



 何度目かの死は私の命をいとも容易く奪い去ってくれて溜め息すら出りゃしない。

 時計の針は10時を指した所で目の前を女子高生が駆け抜けて行く。足下に落とされて行くのは可愛らしいパスケース。ふーむ。

「おーい、落としたぞー。」

 声をかけてみる。「あっ……!」とそれに気付き恥ずかしそうに戻って来ては私から受け取って礼を行って離れて行く。

 ——さてさてさて、どうしたものか。

 前回は近くの本屋に駆け込んでそれ系の本を漁ってみたのだけれど、いまいち収穫は無かった。そもそもこの現象が何なのかイマイチ分かってない。何が起こっているかは明白なんだろうけれど、それを説明しようとすると、はてはてどうした物か。

「うー、あー……んー……。」

 腕を組んで思案思案、考え中考え中……っと、んなことしても答えないど出る訳も無く。クラクションを鳴らしながら車が信号を突っ切って行った。信号無視は危ないぞー。いまここで事故が起きない事だけは分かってるのだけど。

「本当に、どうしたもんでしょうねぇ……?」

 少しだけ、今日の朝の記憶を振り返る。っていうと何だか違和感だけど、所謂1回目の記憶を手探りで辿り寄せてみる。原因解明にはスタート地点を顧みる事が案外有効だったりするし。

 予定通りの時間に待ち合わせ場所に着いた私はいつも通りあのバカにモーニングコール。「おーい、遅刻だよー、朝ですよー」っとサービス精神満点で起こしてあげると「へいへーい」ってもそもそ起き出して30分後にはぼさぼさの頭で私の前に現れた。

「ねー、知ってる? おれ明後日誕生日。」

 そんな台詞で私を口説いておきながらもその格好は無いだろうと半ば呆れつつも、コイツの性格なら何もおかしくはないと落胆した。出来の悪い幼馴染みを持つと苦労するのだ。特に回る所を決めてもいないバカとぶらぶら街中を歩き回り、用意していなかった誕生日プレゼントの変わりなる物を探してやった。見つけたのは駅ビルの中にある雑貨屋で、羽ばたく鳥が足で枠を掴んでいるフォトフレームだった。写真なんて撮らないくせに無性に気に入ったらしいそれを買ってやり、少し早い昼食を済ませようと下りエスカレーターへと足を踏み出した瞬間——、私は何かに吸い込まれるかのように足を踏み外しゴロゴロと転がり落ちて——頭を打って意識を失った。たぶん。

 ぼんやりとした視界の中駆け下りてくるアイツの姿がなんだかおかしくって、笑ってしまった。

 ——で、気が付けばここにいた。

 うーん、なんだこれは。何も原因なんて見つからないじゃないか。

 これと言っておかしい事はなかった、あれがトリガーになっているのなら皆が皆がみんな素敵体験だ。

「ふーむ……。あのエスカレーターが何かの入り口になっていて、跳び込んでしまった——とか。」

 跳び込む角度が重要で普段は誰も通れない、私は何者かに足を引っ張られそこに転がり込んでしまった……ないな、ない。うん。ない。何者かって誰よ。何処の誰、何が目的?

 そもそもそんな奴がいるならさっさと姿を現しやがれ。一体いつまで私をこの訳の分からない繰り返しの中に放置しておくつもりだ。

 思い返せば今日だけでいくつもの驚くべき経験をした事になる。多分常人なら一生に一度体験するかしないかの体験談。

 ぼんやりと見上げていた時計台に潰され、逃げ出した先のトラックに跳ねられ、飛び乗った電車が横転し、逃げ込んだバスで男に刺され、車に乗れば飛び出して来たおばあさんを避けてビルに突っ込んだ。以上、記憶に残っている私の死に際。幸いにも死ぬ直前って痛みも感じないらしく、辛い事は無い。いや本当に死ぬ時は凄く痛いたのかもしれないけれど、この「よくわからないループ」の中で死ぬ場合それほど痛く無い。っていうか、死んでいないから痛くない、ん? 死なないのに痛いのか? あれ? どっち? まぁいいや。とにかく、私は12時きっかりの鐘の音とともにどうあっても死ぬ運命らしい。そこに向かう過程は変更可能、死に方も多種多様。然し乍ら死んだ所でここに戻るだけ。

「何かの無理ゲーですかー……?」

 何度目かの肩を落とす。

 最初は戸惑っていたもののいい加減飽きて来た。一度何もせずにじーーーっと待っていた事がある。その時の訪れを。

 私がモーニングコールをしなかった為幼馴染みは二時間遅刻して現れて、それと当時に時計の鐘が落ちて来た。近づいてくるそれに気付いて何かのコントのオチかと笑ってしまった。私の人生はこんな下らない形で終るのかと——終らなかったけど。

 とにかくいい加減こんな面倒な事は抜け出したい。明日発売される漫画の続きも気になるし、今夜は好きな映画のテレビ放送がある。ついでにもうじきバイトの給料日だ。夏休みの間朝から晩まで働いたお金を受け取らずにお陀仏だなんて絶対に嫌だ。

「よし、やってやろうじゃん。」

 不敵に笑ってみせるけどこれはあれです、空元気です。試せる事は大体試してしまって正直な所手詰まりしてるんです。

 電車で逃げても、バスでも車でも、思いつく限りの手段で死神さんは私を殺しに掛かってくるし、襲いかかって来た暴漢を蹴り倒したとしても何故かその手に持っていた包丁は私の胸に深々と突き刺さってやがる。胸が薄くてこれほど後悔した事は無い。もう少しふくらみがあればあるいは——自虐ネタだ、笑えよ、コラ。

 どうせ死ぬのなら悪逆非道の限りを犯してみる、なんて開き直ってみたりもしたのだけどもし唐突に「これが終ったら」と思うと流石に気が引けた。変な繰り返しの世界から抜け出したのに今度は檻の中に捉えられただなんて笑えない。笑えないし、そっちの方が怖い。本当に殺されちゃうかもだし。目的を達成しているのにバットエンドってどうよ、それ。ってことでとりあえず大人しく一人で考えてみる。さっきのループで本を読み漁ったから何となく知識は付いてるし。

 そうそう、それで気付いたのだけど幸いにも記憶は継続されてるらしい。しかも割とハッキリと。ってことは脳に情報が刻まれ続けている訳だから、この体自体も前のループから引き継がれているって考えるのが妥当なんだろうけどそうなると怪我はどうなるのだろう。2、3個前の世界で多分だけど私、爆弾かなにかで吹っ飛んだ気がする。日本でテロってどういう事だよって思ったけど、ありゃテロだった。うん、テレビで見た事ある。何か偉そうな人ばんざーいって叫んでバーンって。巻き込まれたのが私だったから良かった物の、他の人だったら死んでたぞ。危ないなぁもう。

「——ってことは頭の中身だけコピーされてるってこと?」

 例えば私のクローンがいっぱい有って、何らかの方法で常にバックアップを取ってるとか。——いや、それだとこの街ぐるみの壮大などっきりである必要性が出てくる。時間まで巻き戻ってるし。それほどの事をするまでの大規模な実験だとか? いやいや、ないない。第一普通の女子大生ですよ私は。そんなSFちっくな話題とは無縁です。

「私が死んでも代わりはいるものー。」

 はー……わからん。わからんですよー、さっぱりです。

 曰く『時間という概念は主観的な物であり、本来観測出来る物ではない』らしい。つまり観測者がいるから過去と現在、未来があるわけだどそれすらも実際に存在するのかと言えば曖昧で、現在が変化し続けているものが「時間」なのであって過去も未来も存在はせず、ただ現在が継続して存在し続けるだけなのだ。ばい、本屋さんに置いてあったタイムリープものの小説。

 私が時間が戻っている、と思っているだけで実は時間はちゃんと進んでいて同じ条件がたまたま整っているだけだとすれば?

 うーん、そんな事あり得るんだろうか。第一携帯のカレンダーはちゃんと(?)同じ日を指し続けてるし。

 ならば夢オチという線はどうだろう。

 長く壮大な夢を見続けいて、私は眠りから覚めない。

 本当の私は一回目で意識不明の重体に陥り、今尚生死の間を彷徨い続けいる。そう、繰り返される死は迫りつつある「本当の死」を意味していて、それに抗い続ける私はなんとかあっちの世界に目覚めようと戦ってる!

 おお、なんかそれっぽいぞ。どうだ、なかなか良いだろ。これだと死ぬ時に痛くない事も説明出来る。夢だから痛くない! 素晴らしい! よし、論破してやったぜ、やったー!

「…………いでででで——。」

 頬を抓ってみるけどちゃんと痛かった。

 残念だけど夢じゃないです、はい。力づくで論破されちゃったよ私の力作……はー、もうどうすりゃいいのですかー。

「って、あ——。」

 気付けば鐘の音、鳴り響くクラクション。

「ありゃまー……とぅーびーこんてぃにゅー?」

 目の前に迫った大型トラックに呟いてみせて、私の視界は赤く染まった。

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