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後編

      3


 ゴーッ! また一体のトレントが、それ自体一本の巨大なたいまつと化して、悲鳴を上げつつ燃え上がった。


 あたかも腹を減らした狼のように、燃え盛る炎が無力な子羊トレントたちを飲み込んでいく。さしもの植物魔人たちも今はただ、なすすべも無く紅蓮の炎の洗礼を受けていくのみであった。


 しかし、かといってエルミィの機転で危機が去ったかといえばそうではない。……むしろ--極端に悪化していた!


「このバカ女ぁ! 火なんか付けるヤツがいるかぁ!! うわっちちち!」

 あちこちから降りかかってくる火の粉を払いながら、さすがのオレもエルミィを怒鳴りつける。


「だ、だってぇ~! まさかこんなに良く燃えるなんて思わなかったんだも~ん!」

 煙にむせかえりながら、ベソをかくエルミィ。


 オレ達の周りはすでに火の海だった。それもこれもみーんなこの大バカ娘のせいである。


 魔人とはいえ、元はあくまで木。だから炎を恐れる。そこまでの発想は良い。しかし、こんな森のど真ん中で炎の呪文を使うなど、無謀以外の何でも無い!


 しかもエルミィの放った魔道の炎は勢い凄まじく、たちどころにトレント達を焼き尽くしたかと思うと、オレ達の逃げ道も完全に塞いでしまったのだ!


「くそっ、おまえ《水》系統の呪文は使えないのか!?」

「ムリよぉぉ、あたしが使える呪文って、さっきの《光炎フレイア》と《魔光弾マジック・ミサイル》しかないんだもん!」


 エルミィの予想の更に下を行く返事にオレはよろめいた。こ、こいつ魔道師とはいえ、見習いレベルじゃねぇか!!


「ふぇ~ん、でも何でぇ~!? あたしの呪文、あんなに威力ないはずなのに~!?」

 オレにしがみついたまま、エルミィは煙でにじむ目をこする。


 そうなのだ。実はそこがオレにもわからない。エルミィの呪文はあくまで初級呪文。あれならせいぜいトレント一体に火が付くぐらいで、せいぜい脅し程度だろう。エルミィにしても(さすがに)そのつもりだったに違いない。


 だが、実際に杖からほとばしった怒濤の炎は、前方にいた数十体のトレントをたちどころにして消し炭に変えてしまった。これほどの火炎は、上級呪文の《破極炎メギド・フレイア》のレベルだろう。そんなのこの大ボケ娘には逆立ちしたってできないハズだ。


 なのになぜ……? 


 状況も忘れ一瞬考え込んだオレの耳に、メキメキ……という異音が流れ込んだ。


 この音は……木の折れる音!?

 ハッとなって音の方向へ振り向くオレの前で、燃え盛る一体のトレントがこちらへ倒れかかろうとしていた!


「キャアアアアッッ! もうダメ! 逃げられないよぉぉ!」

 悲鳴を上げてエルミィがしがみついてくる。周りは火の海。逃げようにも逃げられない--まさに絶体絶命!


 --! だがそのとき、オレの頭の中で電光が閃いた!


「そうか……! エルミィ、《魔光弾》を撃てっ!」

「えっ、で、でも、あたしの呪文なんかじゃ……」

 おろおろするエルミィを、オレは一喝した。


「いいからやれっ! 死にたいかっ!」

「--!?」

 ビクッと身を震わせて、反射的に右手の杖をトレントに向けるエルミィ。その杖の先端から、青い霊光が一条の光となってほとばしる!


「《魔光弾》!」


 ゴオオオン! エルミィの放った魔道の矢が、間一髪で倒れかかろうとしたトレントを木っ端微塵に打ち砕く! 更にそのまま貫通したかと思うと、直線軌道上のトレントを次々と打ち砕きながら突き進んでいく--まさに驚愕の破壊力だった。


「……ウ……ソ……?」

 自分の呪文のあまりの威力に、呆然とするエルミィ。


 だが、その横でオレは自分の仮説が正しかったことを確信していた。


 間違いない。通りで最初からおかしかったハズだ。ここは--《特異点》。ならかなり無茶な方法だが、この炎の森から脱出することも可能かもしれない。


 一か八か……だが、やってみる価値はある!


「--エルミィ、よく聞けよ」

 ザックの中から《耐火レジスト》の指輪リングを2つ取り出しながら、オレはエルミィに向かって言った。


「おまえの残っているすべての魔力をつぎ込んで、もう一回オレ達の周りに炎を起こせ。いいか、全力でやるんだ!」


「え、そんな!? これ以上火を強めるなんて……」

 思わぬ命令にうろたえるエルミィ。まぁそこはムリも無い。なのでオレはエルミィの動揺を静めるために、その手をギュッと握ってやると、そのつぶらな瞳を見つめながら、可能な限り紳士的に、優しく語りかけた。


「頼む。お前の力が必要なんだ。大丈夫だ、オレを信じてくれ」  

 その言葉に、周囲の炎によって照らされていたエルミィの頬が、心無しか更に赤みを増したように見えた。「う……うん、わかった」エルミィはこくんとうなずくと、素直に呪文の詠唱を始める。


 その横でオレはまず自分の指に魔法の指輪をはめると、続いて呪文を唱えるエルミィの空いた左手をとって、指輪をはめてやった。その瞬間、更にエルミィの顔が赤くなったような気もしたが、そんなことは正直どうでもいい。


 ポウ……! 指輪をはめて数秒後、オレ達の周りを薄い青色の光の膜が、ぐるりと取り囲むように生まれ出る。同時に、周りは相変わらずの火の海なのに、全く熱さを感じなくなった。やはり思った通りだ。よし、これで準備は完了……!


「今だっ! やれっ、エルミィ!」

「フ……《火炎フレイア》!!」


 ゴウッ! たちまちオレ達を中心にして凄まじい炎の渦が巻き起こった!

 天に向かって炎の柱が立ち昇り、森の木々が一瞬にして炭となり、灰となる。


「やめるなよエルミィ、魔力が続く限り続けるんだ!」

 オレの言葉に、エルミィは力を込め続ける。オレは少しだけこの娘を見直した。確かにとんだ足手まとい、と言うよりトラブルメーカーだが、使える魔道のレベルの割には魔力容量キャパシティはなかなかのものだ。これなら……!


 周囲はすでに灼熱地獄と化していた。指輪の結界がなければ、間違いなくオレ達も炭になっていたに違いない。いや、普通ならこの程度のアイテムの力では、もうそうなっているはずだ。だが、オレの計算では何とかギリギリ耐えられるハズ……!


 次第に結界内でさえ熱を感じ始めた。どうやらそろそろ潮時らしい。エルミィの魔力も底を尽きかけているようだし、空気も十二分に暖められたハズだ!


 スッ……オレは白狼剣を構えると、その切っ先を天に向けた。普通なら届くはずも無いが、ここでなら出来るはず。オレは静かに精神を集中させる。


 狙うのは、あの上空に立ちこめている--黒い雲!!


「吠えろ、氷の聖獣スノー・ウルフッ!」

 オレは全ての念を白狼剣に込めると、力の限り叫んだ!


「--吹雪よっ!!」


 ドオウッ! 凄まじい反動とともに、圧倒的なまでの氷の嵐が、天に向かって銀の柱と化し立ち昇る!


 そして--


      4


 オレ達は一面の焼け野原の中心に、ぽつんと立っていた。


 周囲の木々の中にはかろうじて焼け残り、まだ燻っているものもあったが、もう動く気配は無い。


「……ふぅ」

 ずぶ濡れになった身体を振るって、オレは天井を見上げた。


 ついさっきまで滝のように降り注いできた雨も、もう止んでいる。エルミィの炎によって暖められた大気と、白狼剣の放った冷気が生んだ相乗効果が、上空にあった雨雲を刺激することで起こったスコール。その怒濤の豪雨も、この《魔人の森》と共にきれいさっぱり消えてしまっていた。


 全てはこの森が《魔空間》の影響を強く受ける《特異点ホットスポット》に位置していたことが元凶だったのだ。


 魔道の力の源になる《魔力》。《魔空間》とはその発生源ともいわれる、こことは違う次元の世界。《魔力》そのものは次元の裂け目を通じて、常にこの世界にも降り注いでおり、魔道師達は自然界に存在したり、自己の体内に蓄積されている《魔力》を用いて魔道を使う。


 だが、この世界にはそうした《魔空間》とこの世界を繋ぐ次元の裂け目が、他よりも大きな場所がある--それが《特異点》。その地点には他をはるかに上回る膨大な魔力が降り注ぎ、あらゆる魔道の力が何倍にもなるという。


 だから上級魔道師が呪文によって直接《魔空間》とのゲートを開き、ハイレベルな魔道の使用を可能にするように、ここが《特異点》であることを利用すれば、見習いレベルの魔道や魔道アイテムの力も一気に跳ね上がる。こんな「スコールを生み出す」ような大博打が通用するぐらいに。


 《特異点》の存在自体はそこまで珍しい物では無い。局地的にはしばしば見られるし、魔力の濃淡は単に場所的な問題だけでなく、時間帯や月の満ち欠けなどの色々な条件によっても左右されるため、それほど危険というわけでもない(まぁたまには《爆裂火球ファイヤーボール》の目標がその接点にいて、敵味方まとめて吹っ飛んだ……何て笑えない事態もあるが)。


 しかしこのように森全体が《特異点》になっているという例は極めて珍しい。だからこそ、森そのものがトレント化するなどという、とんでもない事態が起こったのだろう。


 だがこれで《魔人の森》は消滅した。後は魔道師ギルドに連絡して、次元の裂け目を塞ぐ処置をしてもらえば、もう二度とこの地に足を踏み入れて命を失うものはいないだろう。


「……さてと」

 オレは白狼剣を一振りして水滴を払うと、鞘にしまいながら、北西に向けて歩き出そうとした。


「ユーリー、どこに行くの?」

 それまでびしょ濡れになった身体を猫みたいに振るっていたエルミィが、それをめざとく見つけて問いかけてくる。そんなエルミィにオレは無愛想に答えた。


「クレージアの町だ。急いでるって言ったろ? もうすっかり日も沈んだし、こんなとこでこれ以上道草をくってるヒマなんかない。まったく、とんだ災難だったぜ……」

 と、そのまま振り向きもせず一路クレージアに向かおうとするオレの前に、ススッとエルミィが回り込んできた。


「だったら、あたしも行くっ!」


「なっ、何だとぉ~!?」

 その言葉に愕然とするオレの腕に、ごろにゃん☆とエルミィがしがみついてきた。


「だって~☆ やっぱユーリーって凄いんだもん! あたしますますファンになっちゃった♪ だからずっとついてくって決めたの☆」


「じょ、冗談じゃ無い! これ以上おまえの面倒なんか見きれるか!」

 思わず本音でわめくオレに、エルミィは自信たっぷりに胸を張ってみせる。


「やだなぁ、ユーリーも見たでしょ? あたしのすっごい実力! あたしの魔道とユーリーの剣があれば、怖いもの無し! あたし達ってば絶対いいコンビになれるわ♪ それに結果的に森が無くなったから近道もできたし、ちゃんと役に立ったでしょ☆」


 いやおまえの魔道が役に立ったのは単に《特異点》だったからだけだし、それに何だその結果オーライなお花畑思考は……あまりのことに絶句するオレに、エルミィはやおら頬を染めると、「それに……」と少し照れたように続けた。


「こんな指輪までもらっちゃって離れられるわけないじゃない。しかも『おまえが必要だ』だなんて…まだあたし達って知り合ったばっかりなのにぃ☆ でもいいよ、あたし、ユーリーだったら喜んで!」


 恥ずかしそうに身をよじらせながら、エルミィが左手の薬指に光る耐火の指輪を見せつける。深海の色を持つその宝玉はサファイア。そう言えばサファイアが象徴するものは『誠実』と『愛情』だったような……って、ちょっと待て! オレは薬指なんかにはめた覚えは無いぞ!?


「と・に・か・く♪」

 動揺するオレにいたずらっぽく微笑むと、エルミィはギュッとしがみつく手に力を込めた。


「もう、ぜ~ったい離れないんだからね☆」

「か、勘弁してくれぇぇぇぇ!!」

 情けない悲鳴を上げるも、エルミィはべったりと離れない。こうなると夜中に置き去りにしていくわけにもいかず、オレはがっくりと肩を落とす。一難去ってまた一難。いや、むしろこの相手はトレントなんかよりもっとタチが悪い--とんだ小悪魔、疫病神だ!!


(……オレのハードボイルドな冒険者生活が……)


 とほほ……頭痛を覚えながらクレージアに向かうオレの後ろで、今はすっかり焼け落ちてしまった《魔人の森》が、静かに夜の闇の中へと溶け込んでいった。


《Fin》

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