禁断の魔導術
エルサイムから大嵐が去った。
その夜更け、ディルクは一人、ラムゼン城の礼拝堂に佇んでいた。
月明かりがステンドグラスを通して差し込む。
その光が祭壇の上を照らしていた。
大理石の祭壇には十字の刺繍が施されたシルクの聖布が敷かれ、その上に美しく整えられたソフィーナの亡骸が安置されていた。
胴体は仰向けに寝かされ、首は銀の台の上に置かれている。
先刻まで、彼女の死を悼む荘厳なミサが行われていた。
「王女ソフィ―ナ。ザイオンへの道が開かれた。あなたの魂は救われる。あなたの魂は不滅である。永遠に我らを見守り給え。エル・ダイオス・メン……」
司祭の祈りの言葉が響く中、堂内は王女の死を悲しむ嗚咽で満たされた。
ディルクは涙も枯れ、うなだれながら無言で参列席に座っていた。
「うがあああ!」
突然響き渡る泣き声。
ディルクは眉をひそめ、ゆっくりと顔を上げた。
泣き声の主は フィリップ であった。
彼は祭壇にすがりつき、顔をくしゃくしゃにして泣きわめいた。
「娘よ!ああ娘よ!なぜ死んだ!わしを置いてなぜ死んだのだぁ!うわぁぁぁ!!!」
(なにを……ほざいて……やがる!)
ディルクの、折れんばかりに噛みしめられた歯から、軋み音が鳴った。
傍らにいたジャイロックがフィリップの前に跪く。
「陛下、そのように激しくお嘆きになられては、お体を損ねまする。今日は色々ございました。もうお休みになられては……」
「嫌じゃ!嫌じゃ!娘と離れとうない!」
「お気持ちは分かります、しかし明日は葬儀がございます。今宵はもう解散ということにいたしましょう」
「う……うう……分かった。そなたの言に従おう。今宵はもう終わりじゃ!」
フィリップは閉会を宣言すると、ジャイロックと衛兵を伴い堂を退出していった。
それに続いて参列者も引き揚げていく。
誰も居なくなった礼拝堂には、ディルク一人が取り残された。
そしてそのまま彼は、その場を離れる事が出来なかった。
(王め!白々しい真似を……それに皆も……殿下の犠牲の意味を本当に分かっているのか……畜生!)
拳を目の前の長椅子の背に何度も打ちつける。
ディルクはやりきれない表情で祭壇を見た。
(明日は葬儀……ソフィ―ナ様は荼毘に付せられてしまう……そうなれば、殿下の存在なんて忘れ去られてしまうだろう……今までおん身を全て犠牲にして国に尽くしてこられたのに……くそ!)
彼は無念そうに目を閉じた。
――いや……
――駄目だ……
――そんな事……俺は……許せない……
――王女を……蘇らせる!
ディルクはまなこを開いた。
呼吸が荒い。
彼は掌を見つめながら師匠ガルダンディとの会話を思い出していた。
『人は肉体のみならず、見えぬ力で維持されておる。その力をわしはソウルとよんでいる』
『ソウル?魂みたいな物かな……』
『少し違うの。魂は意識や記憶を含め、人を人たらしめる霊的存在。ソウルはその中に満たされた生命を維持する力じゃ』
『生命の力……』
『その通り。《リゼレクシオン》とは自らのソウルを死者に注ぎ込み、蘇生を図る術じゃ』
『他に《リインカネス》や《ネクロマンス》といった蘇りの術があるだろ。何が違うんだ?』
『《リインカネス》は魂が入れ替わるため人格も入れ替わってしまう。《ネクロマンス》は肉体はよみがえるが心は元に戻らん』
『なるほど。《リゼレクシオン》が完全に本人を蘇らせる唯一の技ってわけだ!』
『左様。しかしこの術を成功させるには蘇生魔導に関する高い技量が必要じゃ。それに……ソウルを全て使い切らねばならぬ。当然本人の命は失われる。それゆえに禁断の術とされているのじゃ』
『……一回きりの術ということだな』
『お前が何を考えてこの術を学ぼうとしているのかは知らん。しかしくれぐれも使いどころを誤ってはならんぞ!』
『…………』
(師匠……今しかないんだ!)
ディルクの掌が微かに震える。
彼は祭壇の前で跪き、ソフィ―ナの遺骸に向かって祈りを捧げた。
そしてソフィ―ナの首を銀の台から持ち上げて、生前のように胴体に当てがった。
「ソフィ―ナ様。術を振るう無礼をお許しください」
そう言うと彼は両手を前に突き出し、掌を王女の顔にかざした。
そして目を閉じ、地を這うような低い声で呪文を唱え始めた。
「リゼアドナイ・リゼエル・リゼシャダイ・リエロヒム・リバオト・リベリート・リオーラム・リアメン……リアーメン……」
すると、ディルクの体が青白く発光し始める。
「リアハ・リロヒム・リフェシュ・リベリート・リシェム・リハ・リカドシュ・リアーメン……リア―メン」
彼の体の輪郭が判別できないほどに全身がまばゆい光に包まれていった。
薄暗かった礼拝堂内が、まるで真昼のように明るく照らされた。
「リグ!リゼレクシオン!!!」
そして鋭い呪文が放たれたその瞬間であった。
ディルクを包んでいた眩い光は彼の体を離れ、ソフィ―ナの体に乗り移った。
王女の全身が青白い光に包まれていった。
その傍らで、ディルクの体は石床にゆっくりと崩れ落ちていった。




