私(姫)を自分のモノにするために毎日やってくる妖がうざかった。
ーカツンと音がした。
ああ、あいつはまたやってきた。私を一目見た時から、自分のモノにするためにやってくるバケモノ。
いや、妖。
正直私にはよくわからない。何故私を自分のモノにしたいのか。何故そのようなことのために、毎日誰にも見つからぬように私の下へと通うのか。
ただでさえ私には自由なんてないのだ。稀代の天才と持て囃されながらも、周りからの重すぎる期待に応えようと身を粉にして努力している。仮面を被っている。唯一1人になることを許されている睡眠時間が、コイツのせいで潰されていく。切実に来ないでほしいと言葉にしたこともあったが、軽く流された。うんざりしていた。こいつのせいでと何度も思った。だが本人(人…?)曰く、
【キミはとても可愛らしいじゃないか。自分のモノにしたいなんて、至極当たり前のことだろう?ああ。今、この場で、すぐに。キミのことを食べてしまいたいくらいだよ】
とのことだ。本当に意味が分からなかった。
その時はとりあえず一発ぶん殴っておいた。そりゃそうでしょ。でも本人はなぜか嬉しそうにしていて、それに気持ち悪さを感じた私はとにかく距離を置いた。それは今も変わらない。
けれども奴は毎日やってくる。いい加減にしてほしい。
ある時は、いきなり指を口に含まれた。ぶん殴った。
またある時は、急に後ろから抱きしめられた。もちろんぶん殴った。
そんな関係が、かれこれ1年以上続いている。
『やあ』
これが奴、紅葉の第一声。正直もうあきらめかけている。コイツは、目的を達成するまでいつまでもやってくるだろう。だが、もしもこのまま時が過ぎ私が老いてしまった場合、どうするのだろうか。
紅葉は言っていた。私は可愛らしいと。そりゃあ、恵まれた家系に生まれ、この国の姫としての地位を持っている私はそこそこ良い顔を持っている。
けれど、そんな私よりも可愛らしい女の子なんていくらでもいるし、このまま年老いていっておばあちゃんになっても私にかまい続けてくれるとは限らない。
『ん?どうしたんだい?そんなに見つめてくるだなんて…。もしかして、ついに私のことを好きになってくれたかな?』
うるさいな。私は紅葉から逃げるようにベッドへ深く潜り込んだ。最悪だ。紅葉が他の女に手を出している場面を想像してしまった。
......ん?いや、なんでだよ。おかしいだろ。コイツが他の女に手を出して、だから何だというのか。
私のところには来なくなるだろうし、それでいいではないか。私の最も望むところだ。バケモノのモノになるだなんて、いったい何をされるのかわからない。すぐに殺されるかもしれない。いや、それはないか。殺すなら、今、この場でやればいい。そうしないということは、少なくとも命の保証はされているのだろう。
まあ、自分のモノにしてから殺して食うだなんてこともあるかもしれないし、その辺のことは考えないほうが私のためだ。余計なストレスが溜まる。
『んもう、なんでそんなに私を避けるのかな。キミに酷いことをした覚えはないんだが…』
「嘘すぎるでしょ。自分が今までやったこと、もう忘れたの?」
『愛を示す行動以外に覚えはないよ。』
「イカれた行動する奴は脳みそまでイカれてるわけ?さっさと出て行って。」
『つれないなぁ。』
そう言い、コイツはなんと私のベッドに潜り込んできた。しばき回すぞこの野郎。一発ぶん殴ってやろうと、上体を起こして私は驚愕した。いや、呆れやらなんやらでもう、思考が停止していた。
『そんなにじっくりと見つめるなんて、意外とむっつりさんだったのかな?』
「服を着ろ今すぐに!!」
『私は、寝るときは全裸派なのだよ』
窓から差し込む月明かりに照らされているコイツの裸体はとても綺麗だった。が、それはそれとしてだ。もう、もう…。言葉にできないほどの、謎の感情が溢れ出てくる。
『なあ、何故私のモノになることをそれほど拒むんだい?』
ー何故って、そりゃあ決まってるでしょ。怖いから。
『私が?』
そう言って、紅葉も体を起こした。月光にあてられて輝く銀髪に、吸い込まれるような、だが決して恐怖を伴うことのない優しい深紅の瞳。傷一つない柔らかそうな肌と。それはもう、見るもの全てを魅了する姿をしている。
けれど、私はそれが偽りの姿であることを知っている。偽りの姿だ。怖いに決まっている。実際は、人の手の及ばない領域にいるバケモノ。そんな奴が、周囲を惑わし、姿を偽り、私の下へとやってくる。
『違うね。キミは私に対して恐怖を抱いていない…。』
「変なこと言わないで。私があなたに対して抱いている感情は間違いなく恐怖。それ以外の何でもないわ。」
『それこそおかしなことを言う。......いや、ある意味そうなのか…。キミはー』
「変なこと言わないで!もう出て行って!」
続けて言葉を紡ごうとする紅葉に対して、言葉を被せるように叫んだ。それ以上は何故か、聞いてはいけないような気がしたからだ。まるで、都合の悪いことが露見しそうになった時の幼子のように。
しかし、そのささやかな抵抗は、ものの数瞬の時間稼ぎでしかなかった。
『ーキミは、私との関係が変わることを恐れている。私に本当の気持ちを告白して、あっさりと切り捨てられることを恐れているのかい?そんなこと、あるはずもないのに。』
「なに、いって…」
『キミには今の、この関係が心地よかった。姫という立場上、対等以上の友人的存在ができることも少なかったろう。それこそ、人を殴るだなんて初めてだったんじゃないか?』
「それは…」
何故だろう。言葉がうまく出てこない。
『窮屈で、毛ほどの自由もない立場で、初めてできた。本当の自分を、ありのままの自分で接することができる存在。そりゃあ、失わないために慎重にもなるだろう。今のままの関係で満足なのだと、自分を押し殺して。』
言わないと。そんなことない、勝手な妄想をさも本当のことかのように語らないでと。
でも、なんでだろう。あなたの、紅葉の姿が、とても歪んで見える。おかしいな、なんでだろう。
海の底に沈んでいた私に酸素をくれた初めての人。いや、妖。
いつも上っ面では綺麗ごとを吐き、求められるままに完璧であろうとした自分に嫌気がさしていた。
笑顔で愛していると言う両親も、天才だなと褒めてくれる兄も。誰も、助けてなんてくれなかった。
気づいてすらくれなかった。私の心はこんなにも荒んでいて、今にも壊れそうだというのに。
助けを、求めていた。期待されている私に対して、救いの手を差し伸べてくれる人を。
なのに。
「初めて手を差し伸べてくれたのが人ですらないなんてね。」
苦しかった。何回も、死のうかとすら考えた。でも…。
「好き。私を、あなたのモノにして。」
人生で初めて、生きていてよかったって。そう思うことが出来た。
『もちろん。そのために、私はここにいるのだから。』




