ディズニーランドへ
巨大なクリスマスツリーを怖いと思った。
ディズニーランドの広大なアーケードを埋め尽くすのかと思うほど高く、大きなクリスマスツリーを見た時に感じたのは、圧倒的な恐怖だった。
人工的に建てられたクリスマスツリーは数千もの電飾に彩られて輝く。観る者すべてを幸福に誘うかのような光の洪水。全ての不安や心配を焼き払うかのような明るさは暴力的なまでに遠慮がなく、作り笑いの中でも最上級、とびっきりの笑顔だ。
閉園に併せて帰宅する人々の悲しさや寂しさなんて言うものはあっと言う間に吹き飛んでしまう。麻薬のような幸福が目から脳へ直接たたき込まれる感覚だった。
そしてそれこそが恐怖だった。
そして私が恐れているのは幸福と言う光そのものより、その光が消える事なのだ。
光が生む影は不安の象徴であり、光が消えると言う事は不安が全てを飲み込むと言う事だ。
想像してみて欲しい、誰もが帰ったあとに巨大な人工的幸福、アーケードの電気が落とされる。
そこには地方の疲弊した商店街より真っ暗な通りが現れる。
クリスマスツリーも真っ黒に沈黙する。
そこには幸福のかけらも残っていない。
不安と恐怖そのものだ。圧倒的な明るさの反動で、光を失ったアーケードもクリスマスツリーも単なる影より暗く、黒く佇む。
それを恐怖と言わずしてなんと言うのだろうか。
ディズニーランドへ、と言う歌がある。
友だちにディズニーランドへ行こうと誘われたけど、その友だちは気が狂っているから一緒にいて恥ずかしいのでぼくは多分行かないだろう、あぁぼくはなんて冷たい人間なんだ……と言う歌だ。
誰だって気が狂っている人と一緒にいたくは無い。明日もし君が壊れてもここから逃げ出さない、と言う人の大多数は逃げる。
確実に逃げる。
壊れた人間の恐ろしさを知らないと言うのは恐ろしいことだ。いや、壊れた人間といられるのは壊れた人間だけなので、そのひと自身も壊れているのだ。
私だって君が壊れたら逃げ出す。
紐で縛って旅に出る可能性も否定できないが、きっと辛くなってしまう。
その旅も長くはない。崖から落ちてぶら下がって、そこで死ねるならどんなに楽だろう。
だったら逃げる。
もしくは君を殺して私も死ぬ。
そのディズニーランドへ行かない歌を聴いて「ぼくも冷たい人間だ(気が狂っているひとといるのは恥ずかしいと思うから)」と言うひとと、「一緒にいるのは恥ずかしいよね(ぼくも気が狂っているから一緒に行ってくれる人がいないのでよくわかる)」と思うかで違ってくる。
私は後者だ。
私が狂っているかは私自身では分からないけれど、きっと私と一緒にいるのは恥ずかしいに違いない。
しかし私に言わせればあの巨大なクリスマスツリーを見て恐怖しない人の方が恐ろしい。あの圧倒的な幸福と言う光の渦に身を任せる事に恐怖しない人間の方がどうかしている。
あの光の影にある不安と不幸を想像できないなんて狂っているとしか思えない。
そう、狂っているのは私ではない。
幸福中毒の人間たちだ。私はむしろあの幸福の光に包まれながら不安と不幸の影に灼かれているのだ。
そう感じない人間とディズニーランドへ行ったところで、何も楽しくない。
あの恐怖について語りたいだけなのに、私にはそれをする相手がいない。だからあの楽しそうなディズニーランドへ行こうよと私は電話をかける。
君の電話が光るのは幸福だろうか。留守電に声を残す。
質量保存の法則、と言うのがある。
もしかしたら地球上には幸福の総量みたいなものが決まっていて、つまりその分の不幸と言うものの総量も決まっているかも知れない。
それは地球がまだサウナとジャグジーでしかなかった頃から変わっていないのだとしたら、その頃の幸福や不幸は本当に小さくて沢山あったのだろう。
いつしか大きな爬虫類が暴れまわるようになって、地球に大きな隕石がぶつかった。
それだけの巨大な不幸と引き換えに、地球はどれほどの幸福を手に入れたのだろう。
地震だとかビルヂングに突き刺さる飛行機だとか、そういう不幸の総量分、どこかに幸福があるのだろうか。
地球が失い続ける質量があるのなら、その分だけ幸福や同等の不幸も消えていくのだろうか。
例えば私が君といる時間、その分だけの不幸がどこかにあるのだろうか?
暗闇で抱き合う私と君の反対に、明るい部屋に同じ大きさの不幸があるのかと考えると恐ろしい。
電話はまだ鳴っている。
相対性理論は質量が消滅してエネルギーに変化しうる事を証明した。
ならば誰かの死、それは同等の幸福や不幸に変換されるのだろうか。海や山や風や空が死んだ時に同じだけの幸福や不幸が訪れるのだろうか?
光あれ!
神が叫んだ時に世界に幸福と不幸が満ち溢れた。 光あれ!光あれ!光あれ!
世界は光で灼き尽くされた。世界は幸福の炎に包また。
地は光り、海は光り、不幸や不安は死滅したかに見えた。だが人類の不幸は絶滅していなかった。
「ヒャッハー!光だァ!」
ペンタブラック色の箱車に乗った陰鬱な顔をした男が叫ぶ。
「まだ月なんて持ってやがる!いまじゃ夜道を照らす役にも立たねえってのに!」
男は月に手を伸ばして叩きつけた。
電話が鳴りやんだ。
私は狂っているのだろうか。
君は恥ずかしがって電話にも出ない。
ディズニーランドへは行かないだろう。それは別に君が冷たいからじゃない。




