不良がいるんですか?ここ超進学校ですよね?
「それでは、うちの子をよろしくお願いします」
母が深々と頭を下げた。担任の先生は「はい、もちろんです」と笑顔で返す。そのやりとりを横で見ながら、ボクは俯いたまま、じっと靴先ばかり見つめていた。
母が扉の向こうに消えていく。
職員室に漂う紙とインクの匂い、無機質な時計の針の音が、急に大きくなった気がした。心臓の鼓動もそれに合わせるように早鐘を打つ。
「じゃあ、一ノ花くん。教室に行こうか」
担任の先生が明るい声で言った。
ボクは小さく頷く。声が出なかった。喉がひどく渇いていた。
廊下を歩きながら先生は言った。
「大丈夫、すぐにみんなと仲良くなれるよ」
その言葉に、ボクは思わず心の中で嘲笑してしまう。
――陳腐だ。
誰にでも言える、誰にでも当てはまる、空っぽの励まし。少なくとも、ボクには響かない。人付き合いが得意じゃないことなんて、自分が一番よく知っているのに。
さらに先生が続けた。
「うちのクラスはみんな仲良しなんだけどね……二人だけ、ちょっと気をつけておきなさい」
思わず足を止めそうになる。
「……二人?」
先生は軽く笑って、まるで秘密を打ち明けるみたいに名前を告げた。
「三日月彼方くんと、九重遼くん。この二人には気をつけるんだよ」
はっ?
心臓がどくんと跳ねた。
小学生のクラスに「気をつけろ」と言われる二人組?
まさか……小学生の不良? 暴れる? 脅す?
想像は一気に悪い方向へ転がっていく。
ボクは唇を噛みしめた。
――とんでもない学校だ。とんでもないクラスだ。
よりにもよって、そんな場所に入れられるなんて。
親を、母を、また恨んでしまう。
何が「友達ができるわよ」だ。何が「大丈夫」だ。
不安が、さらに不安を呼んで、胃のあたりを重く締めつける。
そして廊下の先、ガラス越しにざわめく教室が見えてきた。
――そこには、ボクがまだ知らない「三日月彼方」と「九重遼」がいる。




