第7話「はっはー決まってんでしょ。圭に朝ごはんを作りにきてあげたのさっ!」
「……て」
何か聞こえる。
「……きて」
誰かが俺を呼んでいる。同時に、ゆさゆさと身体を揺らされるような感覚。
「……起きて」
どうやら俺の覚醒を促しているらしい。しかしながら俺はまだ惰眠を貪っていたかったのでその声は無視だ無視。今の心境は正に「後五分……」という感じだ。すると声の主も諦めたのか、ぱったりと静かになる。
しかしそれから数秒後、
「いい加減に起きんかー!」
天を衝かんばかりの怒声とともに、俺の腹部に強烈な一撃が見舞われた。
「ぶふぁっ!」
流石に眠気が消し飛ぶ。それはもう一瞬で。バイバイ○~ンって。いやマジで苦しい。
ぐええと痛みにもがこうとするが、何故か身体が動かない。
くそっ、攻撃が来ると事前に分かっていれば、何かしらの対処が出来たというのに。
だが状況的にそうもいかなかった。
寝首を無防備に晒し、油断していた所にいきなりのヒップドロップ。
もしもこれで目を覚まさないような奴がいたとしたら、そいつは確実に人間じゃない。
ゾンビとかそんな類だろう。
俺はゾンビですか?
——はい、異世界転生です、なんて。
……それはそうとヒップドロップ?
この技って確か相手に馬乗りになる技(最終的に)だった気がするのだが、まさか。
「おはよ、圭」
さざめと視線が合った。俺の腹の上に大股開きで座っていると彼女と。
思春期真っ只中男子の寝姿がそれはもう見ていられない程の有様であるのは全国共通だと思う。
ただでさえそうなのに朝目を覚ましたらそこに美少女の制服姿があってしかもマウントポジションまで取られていたとしたら、そこは妄想に生きる男子たるもの興奮を禁じ得ないのは自明の理だろう。
あまりの素直さに恨めしくなるが、ここは一旦落ち着こう。
でなければ、あの薄手のスカートからちらりと下着が運命の悪戯かなんかでうっかり見えてしまった時に大変なことになる。
現状、俺の腹を挟んでいるさざめの太股がそれはもう肉感的で、むちむちとしたその感触に身体中から熱いパトスが迸りそうになっていた。別の何かも迸りそうだが。
「とりあえず、俺の上からどいてくれ……」
努めて冷静に(思春期の事情を気づかれないよう)促すが、彼女は尻を上げる様子はない。
「あの、そろそろ苦しいから本当にどいてくれないかな」
「いやだぃ! まったく圭ったら愛想ないねっ。あたしがおはよって言ってんのにさ、挨拶を返してくれないだなんて!」
どうやら彼女は俺が朝の挨拶を返さないことに拗ねているらしい。理由が理由なだけに微笑ましいが、今はそんなことを思っている余裕はない。さっさと彼女の要求通りにして、俺の上から退いてもらおう。
「お、おはようさざめ。フレッシュないい朝だな」
「うむ、それでよし。じゃあどいたげる」
手早く挨拶を返すと、そこでようやくさざめは床に降り立ってくれた。
「どったの圭、やけにそわそわしてるけど? 朝弱い?」
「い、いや何でもないよ」
俺の体以外は。
幸いというべきかさざめには我が身のエマージェンシーに気づいた様子はなく、ならば俺さえしらを切れば何の問題もないというわけだ。
「それよりなんでさざめがここにいるんだ? 一緒に登校するとは聞いてたけども」
「はっはー決まってんでしょ。圭に朝ごはんを作りにきてあげたのさっ!」
ビシィ! と俺に人差し指を突き付けてさざめは宣言する。
一度ならず二度目もあるとは、これはもしかして恒例化するんじゃないか。
毎朝の恒例イベントとして。