第6話「身体で感じるんだ!」
「あ、そうそう、明日から学校に行くからね」
さざめがそう切り出したのは、ちょうど出涸らしの茶をちびちび啜っていた時だった。
「俺、学校に行けるのか?」
「あったり前田のクラッカーよ。手続きはもう済んでるからねっ」
お茶請けは残念ながらなく、湯飲み茶碗を唇と卓上の間で忙しなく往復させる。
「でも、いきなりやしないか? 俺はまだこの世界のこと全然知らないんだけど……」
底に溜まった、濁った緑茶を一気に仰いでからさざめに訊ねた。初っぱなから弱気で申し訳ないが、ここは慎重にいくべきだろうとは俺の談。
「えー、さざめ名言録にはこうあります。『物事は万事習うよりも慣れるべし。男は度胸、女は愛嬌、無謀な蛮勇が将来的には策謀ある英雄を育てるのだ!』——と」
「いや、意味が分からないんだけど」
「身体で感じるんだ!」
「さざめとの温度差はひしひしと感じるよ」
その場のノリと勢いでごまかされるほど俺は単純じゃない。
「まあ、冗談はさておき。明日はあたしも一緒に途中まで登校してあげるから、ね?」
「う……」
柔らかそうな頬っぺたに人差し指を当てながらさざめがパチリとウインク。そんな仕草に、不覚にも俺はドキドキしてしまった。
なので気づけば首を縦に振っていた。上手く乗せられたと悟ったのは、それから数分後のことだった。
◆
「やっぱりただの物置だったか」
さざめが去った後、気になったので部屋を探索してみた。扉を開け放つと、すぐにカビ臭い香りが鼻を突く。奥には様々な物がしまいこまれていたのだが、どれもこれもなんに使うのか分からないような代物ばかりで、しかも埃を被っていたためにさっさと封をした。
「ここは使えないな、うん」
自室に戻り、ベッドの上にのしかかる。現在の時間が知りたかったが、生憎時計なんて物はない。しかしながら俺の中で睡魔が暴れ始めたので、真夜中ということにしておこう。
結局さざめに流される形で明日から学校に通うことになってしまった。せめて数日間は様子見をしていたかったが、そうもいかないらしい。まあ、仕方ないか。どうせ遅かれ早かれ同じ結果にはなっていただろうし。第一彼女を諭そうにも制服を渡されてしまった。
「にしても学校ねぇ」
そういえばまさか異世界で学校に通うことになるとは思いもしなかったな。というよりも、異世界に転生した後のことまで考えていなかった。
何せ矢継ぎ早に話を進められ、悩む暇すらろくすっぽなかった訳で。
そういった意味ではさざめが来てくれて助かった。俺一人では今頃あたふた慌てていたことだろう。ステュクスといいさざめといい、本当に死神は気が利くなあ。
でも、何かよからぬことを画策していたりして。
「ふあ……」
なんて柄にもなく黙考しているとまぶたが徐々に落ちかけてくる。
意識せずとも口から勝手にもれでる欠伸はつまるところ睡眠欲求の合図だ。
とうとう睡魔に支配され、脳が寝る態勢を整えたらしい、と。
ちょうどいいか。明日は少し早めに起きなければならないだろうし、それになんだか今日はどっと疲れた。
よし眠ろう。
思い立ってから実行するまでは複雑な動作がいらない分早い。やることは簡単だ。
身体から力を抜き、そっと目を閉じて待つこと数分。
それだけで俺の意識は深く途切れた。