第5話「その言い方だとなんかえっちっぽく聞こえるね」
「はい、お待たせ」
数十分後、ゴトリと重い音を立て、縁に曲線が描かれている白皿が卓上に置かれた。
白皿に盛られているのは香ばしい臭いが食欲を刺激する炒飯だ。
結局あれから誤解を解く前に台所へと消えてしまい(俺はといえば家の中で迷子になってしまう始末)、さざめに幼馴染みのイロハを教えるのは諦めた。力説して引かれるのもなんだかなぁと思うし。
それよりも今は目の前にご注目だ。
出来立てほやほやの炒飯は、中身を白皿に移してもまだもうもうと白煙を上げている。
表面は暗褐色。この色は恐らく焦がし醤油によるものだろう。油の量も適切だったのか照りもいい。米粒の一つ一つがきらきらと輝き、まるで水面に陽光を照らし込んだかのようだ。
具材は全体的に細かく刻んであるもののちゃんと何が投入されているか分かるから、小さな子供でも安心して食べられそうだ。
また匂いから察するに、隠し味はにんにくのすり下ろしとみた。
「有り合わせの材料をしっちゃかめっちゃかぶちこんで作ったからさ、もしかしたらあんまり美味しくないかもだけど、その時は我慢しないでよ?」
「と……、ごふぅぐふっげぶぅぶあぁぁぁぁぁっ!?」
とんでもない! そう叫ぼうとしたがごくりと生唾を飲んでしまい、それが気管の変な所に銀行強盗の如く押し入ったようで激しくむせてしまった。
「け、圭、大丈夫?」
「だ、大丈夫、モーマンタイ」
さんざん床をのた打ち回ったあげくにそんなことを言っても説得力ないぞ俺。
とはいえ、いくらみっともない姿を晒そうとも強がりを見せるのが男という生き物なのだ。
いやはや、まっこと男の路は茨の道である。
さて、改めて卓の前に居直る。
時間が経ってしまったせいでさっきよりも白煙が減っていたがまだまだ炒飯は温かそうだ。これ以上冷めてしまう前に食べることにしよう。
「——いただきます」
俺は両手を合わせ、それからレンゲを手に取った。先端で炒飯の外壁を崩し、ショベルカーの要領でざっくり一口分取り分ける。
そして、火傷しないよう十分に冷ましてから口元に運ぶ。舌先で転がすようにして米を噛み締めると、ちゃんと中まで火が通っていて、米がパラパラしているのが分かる。
一方で味はというと、幸いというべきか、料理下手がよくやる砂糖と塩を間違えて使用するだとか、見た目は綺麗なのに味はおそ松さんということもなく、しっかりと味付けがなされていた。どうやら俺の心配は杞憂に終わったようだ。
「……どう?」
不安げに俺の一挙手一投足を見つめていたさざめは、恐る恐る感想を尋ねててくる。あえて焦らすようにゆっくりと炒飯を嚥下し、次いで余韻を楽しむかのようにほうと息を吐いた。
「……美味いよ」
「ほんと?」
「ああ、本当に。すごい美味いよこれ。ご家庭で簡単にプロの味だよ」
「ま、まぁた、そんなお世辞なんか言っちゃってぇ。このこのっ。よっ、上手いねー」
口ではそんなことを言っているものの、さざめは口角を緩ませて軽く笑みを浮かべていた。俺に料理の腕を褒められたのがそんなに嬉しかったのかな。それともただ単に褒められ慣れていないだけか。どちらにしても料理が美味いことには違いない。
だが、あまり美味い美味いと連呼しては賛辞が安っぽくなってしまうので控えておく。代わりといっちゃあ何だが、炒飯を綺麗にかっ食らうことでその美味しさをすることに表現しよう。
それから数分間、俺はほぼ無言で炒飯を口に運び続けた。一回一回ちゃんと味を噛み締めて最後まで愉悦に浸りながら完食。感謝の伏せ丼は怒られそうなのでやめておいた。
「ご馳走さま、ありがとうな」
「お粗末様、どういたしましてっ」
すっかり空になった皿を見て、さざめもやっと安心したのか、そこでようやく楽にする。
「死神の手料理を食べた男なんて異世界広しといえど、俺ぐらいなもんじゃないか?」
「かもね。それを言ったら人間に手料理を作った死神もあたししかいないかもしれないよ?」
「なるほど。つまりお互いに初体験ということか」
「その言い方だとなんかえっちっぽく聞こえるね」
「な、そういう意味で言ったんじゃ……!」
さざめは「分かってるって。圭はホントにからかいがいがあるなー」とけらけら笑い、再びつられるようにして俺も声を上げて笑う。
この短時間で俺とさざめの距離はだいぶ縮んだと思う。あくまで俺の方はだが。
もし彼女がそう感じてくれていなかったとしても、ならこれから良好な関係を築いていけばいい。
焦る必要はないのだから。
時間は有限だけど、可能性は無限なのだ。
人間だとか、死神だとか、そんなことは重要じゃない。大事なのは当人の気持ちだ。
自分が仲よくなれそうだと感じたのならその時点で可能性はあるんだ……って何を力説しているんだろう、俺は。




