第46話「やっちまった」
という夢を見た。
「——はっ!?」
慌てて飛び起きるも辺りは薄暗闇で覆われていた。どうやらまだ夜の帳は上がってはいないようだ。朝日を拝むにも早い時間だが、とりあえず明かりを付ける。
「おおっと!」
しかし、勢い余ってベッドから転び落ちてしまった。足を踏み外したのだ。寝起きで意識がまだはっきりしていなかったのが原因だろう。
「ぐあっ、……いつつ」
地味に痛い。
頭と背中を打ち付けた。そして眩しい。
天井から降り注ぐ可視光線が容赦なく瞳に突き刺さる。少しは遠慮や加減をして欲しいものである。
こちとら今し方目覚めたばかりなんだぞ、なんて誰それとなく愚痴っていればそりゃあ明滅を繰り返す光にも目が慣れてくるもので。
とりあえず全身汗だくの身体をペタペタと弄ってみる。
「……生きてる」
当然の話だが感触があった。悪夢の中で灰になってしまった彼とは違い、現実での俺は肉が摘まめるではないか。また女子が羨む餅肌も健在である。それが何故だか無性に嬉しかった。
身体は脂汗でびっしょり濡れてしまっているものの、確かに生きていた。今はその感動だけを噛み締めよう。
いつの間にか朝になっていた。
ある意味平和な俺はかれこれ三時間ほど瞑想に耽っていたらしい。
冷静になって考えてみると、なんて無駄な時間の使い方をしたのだろう。よくよく己の姿を見返してみれば、珍妙なことに全裸だし。
「ま、たまにはこんなこともあるだろうさ」
たまを玉に置き換えてみよう。するとあら不思議、なんと下ネタっぽくなるよ!
「……ふぅ」
今日はティエリア先輩と決闘するというのにすこぶる緊張感がない。
……ん、いや待てよ、昨日あんな悪夢を見たということは、逆に先輩のことを意識し過ぎてしまっているのではないだろうか。そう思えばこっちの方がかえって今の俺には合っているのかもしれない、なんて取り留めのないことをいつまでも考えていたって仕方ない。
さっさと登校の準備でもして、決闘のシミュレート(妄想)を少しでもやっておこう。
相手はあの生徒会長だ。用心に越したことはない。俺の穴だらけな作戦を見直すことも必要だろうし、戦術は思索するだけでも効果があるものだ。うん、そうだ。そうしよう。その方がよっぽど建設的だし、時間の無駄使いにもなるまい。
「そうと決まれば、だ」
さっそく顔を洗い制服に着替え、早めに家を出ることにする。あの悪夢のせいでトンカツが食べたくなってしまったから、今日はちょっと奮発しようかと思う。
少し早い自分へのご褒美だ。
——けれどもこの決断が後に悲劇をもたらすことになるとは、この時の俺は想像だにしなかった。
「やっちまった」
気が付けば既に放課後である。
だというのに俺は終わりのない胃もたれに苦渋を喫していた。
理由は簡単だ。
朝に食べたトンカツのせいだ。
登校中——前世で言えばコンビニが一番近いだろう——店に寄ってトンカツを買った所まではよかった。そしてそれを熱々のまま食べたのもいい。味は悪くなく、大きさも手頃だった。三個も平らげたほどだ。端的に言って満足であった。ちょっと食べ過ぎたかとは思ったもののこの時までは何の問題も来さなかったので、大丈夫だと錯覚してしまったんだ。
だが、異変は一時間目の授業から始まった。
急に胃がピリリと傷んだ。
最初は突発性の胃のむかつきかと思った。だってストレスを感じやすい俺の身体と環境だ、こんなことがあってもおかしくはない。
だからそんなに気にしなくても二時間目までには治まるだろうと考えていた。
しかし、待てども待てどもそのむかつきが解消される気配はなく、それどころか時間が経つにつれてどんどん酷くなっていった。
そこで俺は悟ったのだ。
部分的とはいえ昨日の悪夢が現実のものとなったのだと。
やはりそれから二時間経っても三時間経っても、昼休みになっても胃のむかつきは全く取れなかった。
これはまずいと感じた時には手遅れだった。
もはや俺専用となりつつある男子トイレの個室で用を足しても(今回は用法が合っている)、やっぱり無駄だった。もちろんこうなった以上、作戦の見直しだとか決闘のシミュレートとか出来る状態ではなく、結果だけ見れば何もしないまま放課後を迎えてしまったことになる。
いっそのこと決闘を延期してもらおうかとも考えたが、理由が理由だし、それにティエリア先輩から承諾を得られるとも思わないので、不承不承ではあるがやるしかないだろう。
よろしくない、だけど決闘だ。




