第45話「最期に何か言い残したいことはあるか?」
森の中を走っていた。
右を見ても左を見てもそこに在るのは場繋ぎの樹木ばかりである。彩りを添えるのは多量の緑と少しばかりの茶、そして赤。焔の色。
「くそっ、あれで本当に同じ人間かよ! ……ぐ、ぶはっ!」
むせ返るような暑さに思わず悪態が込み上げてくる。吐き出すと、本当にげほげほとむせてしまった。
「き、貴重な、ごほっ、経験だな」
有り難いことに窯の中で燻される食物の気持ちが少しは分かった。だからといって、燻製にされるのは御免被りたい。それより今はとにかく新鮮な空気が欲しかった。
「こんなん有り得ねえだろ……」
走り様に振り返る。
火の粉が俺のすぐ後ろまで追っていた。まるで触手に意思が宿ったかのようにうねりながら辺り一面灰燼に帰していく。分け隔てなくぼうぼうと。その余りの容赦の無さっぷりが、逆に清々しく思えた。どこまでもリアルな火災風景。いくら魔法によって作られた森林とはいえ、せっかくの絶佳が台無しだ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
そして、早くも限界に近い俺の体力。食後のせいか脇腹も痛いし、ダブルパンチだ。
「しまったな……」
決闘前だからって、何もトンカツでゲン担ぎをするんじゃなかった。今となってはあの約千キロカロリーが重い。しかも安物油で揚げてるせいか余分な油が抜けきっていないので、とにかく胃もたれが半端ない。なんというケアレスミス。目も当てられん。冒頭からこんな調子で果たして俺は最後までやれるのだろうか。
「ぐっ!」
折しも俺には死亡フラグが立ってしまった。
何せ今の展開は二時間サスペンスのそれと酷似しているからだ。
つまりこういうことである。
息を切らせながら林の中を逃げ惑う被害者(俺)。全身像は映るものの、しかしシルエットで隠され、ゆったりとした足音を響かせながらそれを追いかける加害者(会長)。
手には凶器(魔法)が。危ない。逃げなきゃ殺される。焦れば焦るほどドツボに嵌まり、結果被害者は木の根に躓いて転ける。もちろんすぐに立てやしない。脚が竦む血流が高まって普段通りの動きが出来ないからだとか、転んだ拍子に足を挫いただとか理由は様々だろう。いずれにせよ、そうなってしまえば後の祭りだ。
「私にとって草木は萌えるものではなく燃えるものだ。……残念だったな、この程度の障害物など私には何の意味もなさないのさ」
いつの間にか前方に瞬間移動しているティエリア先輩にとどめを刺されて終わるのだから。
「最期に何か言い残したいことはあるか?」
「そうですね、棚町に一言『部を守れなくて悪い』とだけ伝えておいてくれませんか」
「分かった、伝えておこう」
俺の遺言を聞きティエリア先輩は確かに頷いた。同時にその握り拳に光が灯る。それはすぐに緋色の焔へと変わり、やがては紅蓮の劫火に至ろうとしていた。楕円を描きながら拡大していく焔を見ながら俺は『焼かれ方はミディアムがいいな』とかそんな悠長なことを考えてしまう。現実逃避という訳ではない。ただ、熱気が地肌にひりついても死ぬ実感は沸かなかった。
「心配しなくてもすぐ楽になる。私の華焔は身体を十秒とかからず悉く燃やし尽くすからな」
それを聞いて安堵する。よかった、どうやら苦しまずには済みそうだ。
「——放たれるは十字砲火」
訪れる死刑宣告。ティエリア先輩の開かれた手から焔が放たれる。すぐにそれは俺の元へと殺到する。
「……あ」
呆然と先輩を見据えていた俺の上に覆い被さるようにして粛々と焔は弾けた。熱さを感じる暇もなく焔は俺の身を焦がし始める。肉の焼ける小気味のよい音が遥か遠くに聞こえた。
だが先輩の言う通り痛みはなかった。
目の前の景色が霞を帯びていく。何故だろう、すごく眠い。だから俺はその睡魔に抗うことなくあっさりと意識を手放した。そしてそのまま、二度と目を覚ますことはなかった。
バッドエンド『燃えるゴミ』完。
まだお話は続きます。




