第44話「それでも嬉しかったよ」
「…………」
駄目だ。
自分で定義しといてなんだが、全然純粋な言葉が思い浮かばないぞ。
おかしい。結構言葉遊びとか自分では得意だと思ってたんだけどな。どうしよう困った。
——ああもう止めだ止め!
大体俺みたいな口下手ぼっちが気の利いた言葉を吐ける訳がないだろ。だって他人とまともに会話するのすら苦手なんだし。カラオケ行ったら「無理無理、俺人前で歌えないから!」と空気をぶちこわすタイプだぞ。
そうなんだよ、そもそもの前提が間違っていたんだ。やっぱりさっきのあれ取り消すわ。
「あの時はどうだったかな……」
そうこうしている間に棚町が次の記憶サルベージに取りかる。もう完全に俺を見ていない。ええいくそ、こうなりゃ自棄だ。適当にしっちゃかめっちゃか叫んでやる。破れかぶれで勢いに任せて何か言ってやるよ。
「こ」
「そういえば外に干してたあたしの下着盗まれたっけ……」
「こっち」
「あと、出したゴミも全部漁られていたかな……」
「こっちを見ろよぉぉおォォォ!」
喉を振り絞り、最大限のボリュームで言葉を発した。
これには流石の棚町も驚いたらしく、ぎょっと目を剥いている。
「……あ、綾村くん、だよね?」
俺の存在を再認識したらしい。よかった、なんとかリアルタイムに回帰したみたいだ。
ようやくこれで話が出来る。今度は逃がさない。
とりあえず軽く深呼吸。
字面で見るとなんか矛盾しているような気がするが、まあ別にどうでもいいことだろう。
「……魔法使えない部について、ロリ先輩から話を聞いたよ」
話題の仕切り直しのために若干の無理やり感があるが、軌道修正は上手くいったんではなかろうか。さておき俺は頭を下げた。
「さっきはお前の気持ちも考えずに無責任な発言をして悪かった」
「や、止めてよそんなの」
まず先にするべきことは棚町に謝ることだった。男は簡単に頭を下げるものではない。だが自分の間違いを正す時に頭を下げるのもまた男だ。
「大変だったんだな、お前も」
「……そうよ、大変だったわよ。一人であの部活を発足して、一人で部員をかき集めて、一人で生徒会と話をつけて、思い出してみれば、いつもあたしは一人だった」
「でも今はロリ先輩や頸野に伏日、それに俺がいるだろ」
「……だから何?」
「分かんねぇかな、この部は最早お前一人だけのモノじゃないってことだよ」
「えっ?」
ロリ先輩から聞かされたこの部が『魔法使えない部』でなければならない理由、それは棚町の言う『いつも一人』と関係があった。部員の中で一番最初に転生したのが棚町。当然周りには境遇を共にする仲間がおらず孤立していた。
そんな中、いずれ来るべき転生者に備え彼女が考えたのがこの魔法使えない部という訳だ。俺も見つけたあの勧誘ポスターに秘められた真意を見抜いた者だけが集まるようにとの願いを込めて。
果たして棚町の思惑通り俺達は一堂に会し、そこで自分は一人じゃないことを知った。
「この部の存在が有り難かった。同じような奴がいるかもしれないと思って、どうしてもここに入部したかったんだ。……ま、仮入部なんだけどな」
「それは……っ、残念だったね」
「それでも嬉しかったよ」
このことにどれだけ自分が救われたか分からない。きっと俺一人ではどうしようもなかっただろう。異世界の生活はそれだけ不安だったんだ。情けないと指差されてゲラゲラ笑われても仕方がない程に。
「で、さっきはああ言ったけど、冷静になってふと気づいたんだ。この部のゆるくてぐだぐだ活動も悪くないって。ロリ先輩が紅茶を飲んだり、頸野が喀血したり、伏日が実験に失敗したり、そんな感じの雰囲気がなんだかんだ言って結構気に入ってるんだ」
端から見れば「それが何の役に立つんだ?」って思うことだろう。転生者の拠り所だとか、そんなの異世界人からすれば関係ない。学校の、生徒会の方針に従わないものは邪魔で無駄で不要だと会長は言っていた。
確かにそうかもしれない。だが、はい分かりましたと簡単に折れるのも癪だ。俺が転生してからこっち、際限なく貶められていい加減辟易してるんだ。
なら心がひねくれて反骨精神も身に付くってもんだろう。せめて足掻ける所は足掻きたいってな。それでも駄目なら諦めもつくが、今はまだその時じゃない。
「それに、さ」
正直これを棚町に言っていいものかどうか迷った。男性恐怖症を助長させるかもしれない。或いは勘違い男と思われるかもしれない。だけど今から伝える言葉は間違いなく俺の本心だ。一人称小説の主人公を過度に信頼するなとはよく言ったもんだが、これだけは嘘じゃないね、神に誓ってもいい。
迷惑かもしれないけど、嫌かもしれないけど、これだけは言っておきたいんだ。
つー訳で、だ。
いいか棚町、よーく聞けよ俺の一世一代の告白を。フラれる覚悟ならとっくに出来てるぜ。
「初めて分かったんだ。棚町、お前との会話もあれはあれで意外と好きだって。だから今さら勝手かもしれないけどさ、俺のためにもこの部を守らせてくれないか?」
「…………!」
俺の意思は全部伝えた。これで後は棚町の返事を待つだけだ。どう転ぼうとも、その結果を甘んじて受けるしかない。でも、なんとなく俺はいい方に転ぶ確信があった。まだ分からないけど、そう思うのは楽観的だろうか?
「え、と」
ややあって棚町は口を開いた。
「……あたしも、その」
だが、棚町の返事は突然吹いた一陣の風によって遮られた。ボソボソと何か呟いていたが、残念ながら俺の耳に届くことはなかった。しかし心なしか彼女の顔が赤く染まっていたように見えた。ははーん、成程。大丈夫、スカートが捲れる神風イベントはなかった。グッと親指を突き立ててそのことを暗に伝えてやったら、棚町は怪訝そうな表情を浮かべた。
つくづく俺達は以心伝心が出来ないらしい。
いや別に困らないが。




