第37話「——だって俺はまだ異能力が使えないんだよ」
「人柱って、生贄的なアレのことですよね——って俺が人柱?」
俺が愕然としていると、会長は猛禽めいた獰猛な笑みを覗かせた。
「そうだ。貴様は明日この私と部の存続をかけて闘わせられる運びとなった憐れな羊だ」
今にもクケケケケーッ! と奇声を上げそうな面構えでなんて物騒なことを言う。
「俺が会長と闘う? ……なんで?」
リアクションが一辺倒になってきたがいちいち気にしているような場合じゃない。それより部の存続をかけてってどういうことだよ、と脳内に疑問符を浮かべた俺は、その気持ちを忘れない内に尋ねようとしたが、時計の針は五時を指していた。
「……うん? しまった、もうこんな時間か。話の途中だが私は帰らせてもらう。後の説明は彼女にしてもらうんだな」
棚町を指名し、会長は来た時と同じく唐突に部室を去っていった。
「だそうだ。説明を頼む」
嵐の過ぎた部室はしんと静まりかえっていた。
「前にあの会長が監査に訪れた時につい言ってしまったのよ。『魔法が使えないというだけで廃部にさせられるのはおかしい。ならこの学校のトップである貴方を倒せば逆説的に我が部の有意性が証明出来るわ』と」
仕方なく、と言った様子で棚町が口を開いた。
「あの時はそう言うしかなかったからねぇ。部長さんは正しい選択をしたと思うよ」
いや俺にはただ屁理屈をこねただけにしか思わんのだが。いきなり倒すだの何だのと、まずなんで生徒会長に喧嘩ふっかけてんだよ。あれか血に飢えてんのか。こいつはバーサーカーかベルセルクなの?
「それで会長は納得したのか?」
「ええまあ。ただそうしたら売り言葉に買い言葉みたいになってしまって気がついたら本当に会長と決闘することになってたのよ」
「じゃあどうして俺が代表で決闘することになっているんだ?」
自慢じゃないが、俺は喧嘩がそこそこ出来たりはする。といっても先述の通り自慢することじゃないし、ましてや誇ることでもないけども。
「この部の一年生に疵梨さんという子がいるの。明日はその子が会長の相手をする予定だったのだけれど、肝心な時に三年生の先輩と問題を起こして停学になってしまったのよ。だから綾村くんはその代理という訳」
「いやそうじゃなくて、棚町が売った喧嘩だろうが。お前が相手するのが普通じゃないのか?」
俺の的確な指摘に鼻白んだのか「そ、それは……」と言葉を濁す棚町。人間というのは基本的に正論に対しては返事をしないか、聞こえていない振りをするものだ。経験則だから間違いないはず。
「私の異能力は一対一には向いていないのよ」
少し待って返ってきた言葉は、おおよそ普通の女子校生が口にすることはないであろう内容だった。少なくとも俺は前世でそんな会話をしたことも聞いたこともない。
「ボクも会長とは能力も人としても相性が悪いね。一抜けぴ」
「ミザリーも右に同じデス。ニ抜けぴ」
「……激しい運動は駄目。物理的に死ぬ。三抜けこぷっ」
他の部員も俺が口を開く前にさっさと言い訳する。おいおい、どうして勝算もないのに決闘を止めようとしないんだよこいつらはさ。都合よくミラクルが起こると思ってんの?
「ほら、消去法で綾村くんだけが残った。こういう荒事は男の方が得意でしょう? 大丈夫、異能力があれば勝てるはずよ」
「……なるほど、前提がおかしいのか」
俺のもらした言葉に「はい?」と小首を傾げる棚町。どうやらこいつとは根本的な所で齟齬があったらしい。あってはいけないそれは、俺と棚町の溝というか距離感を示したものと考えて間違いない。ともあれ、これだけは伝えておかなければなるまい。
「——だって俺はまだ異能力が使えないんだよ」




