第35話「——お前達が在籍するこの部は明日をもって廃部となる」
「生徒会長が美人だなんて、俺はてっきり漫画やドラマの世界だけだと思っていたよ」
部室で誰それとなくそう呟くと、何故か頸野に鮮血をぶっかけられた。表情の変化に乏しいので分かりにくいが、心なしか怒っているようにも見える。なんか悪いこと言ったか俺?
「ティエリア=エヴァンス三年生。別名『才媛の処女』と呼ばれていマス。ミザリーだったら冷血の悪女と名付けますけどネ!」
本人が聞いたらぶち切れそうな別名を口にする。不景気とどっこいどっこいのセンスだ。
「三年生にもなって処女だなんて女子力が足らないね。純潔を気取っているつもりかな?」
いつになくロリ先輩の口調が刺々しい。
「先輩は非処女なんですカ?」
「ふふん、まさか。ボクの初めては未来の旦那様のためにあるのさ」
「おー、なかなか古風な考え方ですネ。二次元の世界では処女信仰というものがありますし、ミザリーも大切にしなくてハ!」
「……わたしも守る」
「おや、皆して女子力が低かったのかい」
なんか話がおかしな方向に逸れようとしていたので、慌てて俺は軌道修正をした。この話に加わるにはいささかかハードルが高すぎる。
「そ、そういえばあの生徒会長が言ってた火の妖精って何なんだ? 精霊起こしってのと関係があるのか?」
俺の素朴な疑問に、これまた伏日が答えてくれた。
「この学校では魔法能力の高い生徒に妖精の称号を与えているのデス。通称『罪跡の妖精』と呼ばれる彼等は地、水、火、風、雷、闇、光の計七つの基本属性に準えて七人から構成されてマス。精霊起こしとはその妖精のご加護が一年間ありますようにと祈りを捧げる行事のことデスネ」
なんかやたらと中二心をくすぐる単語が出てきたぞ。ええと罪跡の妖精に基本属性だっけ。おいおいかっけぇな、異世界の学校は中二病育成機関なのかよ。
「なるほど、つまり会長は罪跡の妖精の一員で、その中の火属性に任命されたってことだな」
「そうデス。基本的には一芸特化の能力ではありますガ、その分、同系統の魔法を使わせれば彼等の右に出るものはいまセン」
「いくら一芸に秀でてるからって同じ学校の生徒だろ。なのにそこまで実力差があるのか?」
何気なく質問すると、
「当然だ。だからこそ妖精の名には価値があり、様々な権限が与えられているのだからな」
俺の言葉を引き継いで、硬質めいた声が土足で割り込んで来た。
声のした方向に身体を向けると、いたしてそこにいたのは件の生徒会長その人だった。
「邪魔するぞ」
美人の先輩に二度も会えたのは幸か不幸か。
今回の場合は、というかほぼ毎回のごとく後者だった。
「ええ、本当に邪魔ですね先輩」
まず最初に立ち上がったのはついさっきまで黙りこくっていた棚町だった。滲み出る敵意を隠す素振りすら見せずに会長を睨み付ける彼女は、さながら蛇のようである。だからといって相手が蛙でいるということはなく、会長はその視線を真正面から受け止め、まるで怯む様子がなかった。
まさかあの視線に耐えうる忍耐力を持つ御仁が存在するとはな。情けないが俺が同じことをされたらまず間違いなく裸足で土下座してしまうだろう。
「……ふん、相変わらずだなここは。ただ無為徒食に時間を浪費し、部活とは名ばかりのこの体たらく。はっ、実に空虚な集まりではないか」
さして興味も無さげに吐き捨てる会長。なんかイメージと違うな。
朝に見た限りでは、間違ってもこんな辛辣な悪言を洩らすような感じじゃなかったぞ。
だというのに今はそれが彼女の本来の姿に思えた。女ってのは、素顔と一緒に本心も化粧で包み隠すものなのか。おお怖っ。
「おやおや、精霊起こしでご多忙な生徒会長さんがそんな空虚な集まりに関わっていていいのかい?」
あの温厚なロリ先輩までもが会長に突っかかる。
小さい身体を精一杯ぴんと伸ばし、凄む姿は本人には申し訳ないが可愛かった。
「私とて暇ではないが、しかし視察に来るぐらいの寸暇はある」
「ふふん、つまり暇なのだろう? 持って回った言い回しをしないで素直にそう言いたまえ」
「落ちこぼれがよく吠える。悉く燃やすぞ?」
「……それは今は関係ない」
「そーだソーダ先輩に謝ってくだ——ひぃッ、なんでミザリーだけ睨まれるんですカ!?」
頸野と伏日も交じって事態はどんどん険悪なものとなっていく。
「それで用件は何ですか?」
事態の収拾を図ろうと俺が一歩前に出ようとしたが、その前に棚町が口を開いた。シンプルイズベストと言わんばかりの短い台詞。それを聞いた会長はせせら笑い、腕を組んで傲岸不遜に応じた。
「しらばっくれるなよ。私がここを訪れる案件はただ一つしかない。だがそうだな、見ぬ顔の男もいることだし改めて告げてやろう」
あ、ちゃんと俺の存在が認識されていたんだな。よかった、てっきり無視されてるとばかり思っていたぞ——と、油断していた時である。
宣言通り、次に会長から告げられた本題のあまりの唐突さに、俺は鳩が豆鉄砲を食らう所か全身麻酔を受けずに機関銃で撃ち抜かれたかのような衝撃を覚えた。頭で理解するより早く、出し抜けに呆然とした呼気が排出される。
「——お前達が在籍するこの部は明日をもって廃部となる」
……はい?




