第33話「even Homer sometimes nods」
「驚かせてしまってすみませン」
充満した煙を外に逃がしながら伏日は謝罪する。頬や白衣はすっかり煤けて、往年のギャグ漫画を彷彿とさせる有様になっていた。これで頭がアフロになっていたら完璧だったろう。
「いや驚いたっつーか何つーか。とりあえずどこかケガをしてないか?」
「それは大丈夫デス。こういうの慣れっこですのデ!」
「その割には悲鳴を上げて慌てふためいてた気がするけども」
あの爆発をどうにかしたのも、窓を開けたのも俺だしな。
「あ、アレは綾村先輩に危害が及ぶかもしれないので焦っただけの話デス! それに古人曰く失敗は万病の元といいマスシ」
「成功の元な 病気を振りまいてどうする」
「う……、じゃ、じゃあ弘法にも一夜の過ちデス!」
「ちょっとの改変で意味がやばいことになっただと!?」
「猿も木からすべらない話!」
「今度は番組名みたくなっちゃった!?」
「even Homer sometimes nods」
「無駄に発音いいな、おい!」
「因みにさっきのは河童の島流しという奴ですネ」
「英語では言えてなんで和訳すると間違えんの? それと河童は何をしたんだ! すげぇ気になるんだけど!」
「畑からヘチマでも盗んだのでしょーカ?」
「同じウリ科だけど盗むなら普通キュウリだろ……」
ひとしきり漫才を続けた後で伏日はフッと自嘲気味に笑い肩を落とした。そのあまりの態度の逆転っぷりについ躁鬱を疑ってしまう。
「……道は果てしなく遠いデス」
指で小瓶をつつきながらため息をこぼす。その姿がなんだかいたたまれなかったので、さっそく先輩風を吹かせて彼女慰めることにした。
「あんまり気にすんなよな。魔法なんてそもそも馴染みのない俺達が使うってだけで無理な話なんだから。失敗したってしょうがない」
と自分では励ましたつもりだったが、どうやら伏日には違って聞こえたらしい。彼女は少しムキになってその場で立ち上がった。
「ミザリーだって失敗ばかりじゃありまセン、たまには成功しマス。これを見てくだサイ!」
差し出されたのは無骨な作りの首飾りだった。銀鎖を通した半透明な容器の中央には鈍色の石っころが収まっている。にしてもこの石、なんかどこかで見覚えがあるような……。
「このペンダントは魔法に反応して持ち主の居場所を教えてくれる防犯グッズなのデス!」
「これが防犯グッズだって?」
首飾りを手に取ってみる。何度ためつすがめつせどもそんな風にはてんで見えないが、本人が言うのならそうなんだろう。けど手作り何だよなあ、と訝しんでいれば、
「なら証拠をお見せしまショウ」
取り出したるは、先程の爆発の元となった小瓶——の隣の小瓶。中に黄色い結晶があった。それの蓋を開け目の前に掲げた。なんか怖い。
「これはですネ、魔結晶と呼ばれる特殊な代物デ、微量の魔素が含有されているんデス」
「魔素?」
「魔力と似た性質を持つ成分のことですヨ」
へー、知らなかった。流石、転生して日の長いことだけはある。
「で、それで何をするんだ?」
「こうするんデスヨ」
首飾りに魔結晶が降り注がれた。きらきらとまるで夜空を泳ぐ流れ星のようなそれは地上に吸い込まれるようにして淡く弾ける。すると、寸刻置いてからその首飾りにボッと青色の光が灯った。とはいっても微量な輝きではあるが。
——ブルブルブル。
やおら緩やかなバイブレーション音が聞こえてきた。辺りを見回すと、どうやら伏日の持つなんかよく分からない物体から響いているようだった。
「これが受信機デス」
どういう原理なのか首飾りに魔力(魔素でも)を一定量感じると、それが信号となって受信機に届くらしい。その際必要に応じて赤青黄どれかの光が灯るそうで、信号に倣って青は安全、黄は注意、そして赤は危険とのこと。
それでこの首飾りは計石を加工して作ってあるらしい。通りで見覚えがあるはずだ。こいつには苦い思い出があるからな忘れられん。
「これがあれば、もしも誰かの身に何かあっても大丈夫デス。今お申し込みいただくとこれと同じ物がもう一つセットで付いてきてお値段変わらずなんと九千八百円、九千八百円でお売り致しマス!」
「深夜の通販番組かよ」
頸野以上のボケキャラだなこいつは。たまには俺もボケたい。
「それはさておき綾村先輩にもお一つ差し上げますネ」
「いいのか? 明らかに手間かかってそうな代物なのにもらっちゃっても」
「他の先輩方にも渡してありますし大丈夫でス。ミザリーからの歓迎の印と思ってくだサイ」
「そっか、ありがとな」
「いえイエ。ただですネ、このペンダントは試作品なので感度が悪いのデスヨ。なのでこっちのお守り型でもよろしいデスカ?」
開発に余念がない伏日だった。
「その方がかさばらずに済むし、別にいいぞ」
「でハ、はいどうぞ村先輩。中に計石が入っているので開かないようにしてくだサイ」
「ああ、分かったよ」
赤い巾着に包まれたそれを受け取り、制服の内ポケットにしまっておく。見た目がお守りというだけで何とはなしに浄化されている気分になってくるのだから驚きだ。
……そんな風に感じるということは、もしかして俺は汚れてしまっているのだろうか。
だとしたら、既に手遅れなのかもしれない。




