第31話「そういえば先程この方にミザリー遠慮無しに突っ込まれたんですガ、なかなかキレがよくて気持ちよかったデス!」
「あら、どうしたの綾村くん。私に遠慮なんかしないで続けていいのに。そんなに心配しなくても、女の子に縛られて興奮する特殊な性癖を綾村くんが持ってるなんて思いやしないわよ」
「ちょっと待て、お前は何か勘違いしているぞ! まずは弁明させろ! それから少しは俺の心配をしてくれないか!」
「……わたしは心配してるよ?」
「ありがとう、でも話がややこしくなるから黙っててくれ頸野!」
「……フォローしてあげたのに」
「ふふん、彼も余裕がないのさ。ほら頸野さん、ボクたちは二人仲よく部屋の片隅から彼らを見守ろうじゃないか」
「……ん」
早々に観客席へ離脱、賢明な選択ですよロリ先輩。俺も逆の立場だったらそうしてます。
事の顛末はこうだ。甲子園を目指す野球部や国立を狙うサッカー部よろしくやる気と熱意に満ちあふれたまっこと部員の鑑たる俺は、それこそ足早に部室へと向かっていたのだ。遅れてのろのろやって来た棚町と比べるべくもない。この心意気を崇め奉れ。
で。その途中で件の伏日に出合ったまではなんとか覚えているのだが、ここより先の記憶はすっぽり欠落してしまっていた。いやなんかバチバチされた気がするけども。電流的な何かが身体を駆け回ったような……。はっ、まさかこれが一目惚れという奴か。ないない。
目が覚めればなんと目的地の部室にいて陣取るはパイプ椅子。括られるもまたパイプ椅子。俺はといえばパイプ椅子。違った被害者だ。
「——というわけだ」
「なるほど、よく分かったわ」
こうして記憶の断片を列挙してみれば、自分でもよく分からない話である。他人からすれば余計にそうだろう。けれども棚町は首肯した。つまり意思疎通に成功。伝播完了だ。
「綾村くんは宇宙人にキャトルミューティレーションされたのね」
こいつは電波だった。何をしたり顔して頷いてるんだ、おい。なんとなく分かった素振りをするんじゃねぇよ。あと恐らく棚町はアブダクションと言いたかったんだよな。そうじゃないと意味が全く違うからね?
この時点でいかに棚町が半端な知識を語っているのか窺い知れるだろう。それっぽい単語を挙げれば通ぶれるだろうという考えがありありと透けて見える。こういう奴が役不足とか大根足の意味を履き違えて言葉を衰退させていくんだよ、と俺は日本の行く末に愁いを寄せるのであった。
「伏日さん、この変態が服を着て歩いているような男に何かされなかったかしら?」
もちろんこんな言葉で誤魔化せるほど棚町は甘くなかった。
「何カ、ですカ?」
うーんと考えるような仕草。癖なのかさっきと同じく顎に手を添えて黙考している。一緒に突き出された唇が艶かしい。
あっ、と伏日がポンと柏手を打った。そこはかとなく嫌な予感しかしない。
「そういえば先程この方にミザリー遠慮無しに突っ込まれたんですガ、なかなかキレがよくて気持ちよかったデス!」
瞬間、空気が凍った。絶句という言葉はきっとこんな状況で生まれたのだろう。図らずも俺はその明るくない由来に瀕してしまったのである。
ただその中で一人だけ、
「……その話詳しく」
どっかの吐血属性が空気を読まないコメントを発した。頸野ェ。
「遠慮無しに突っ込まれ……? キレがよくて気持ちよかった……?」
遅れて棚町が顔面をボッと赤くしながら伏日の言葉を反芻する。
「ハイ、いい加減縄を解けと強く催促してきたので仕方なく言う通りにしまシタ。その途中で急に暴れ始めたからミザリー慌ててこぶ結びにしてしまいマシタ。とんだ失態デスヨ」
「な、なんてことかしら。油断させておいてから、隙を見て襲う魂胆だったのね。まるで肉に群がるハイエナのよう。危なかったわね伏日さん。もしも縄を外していたら、どうなっていたことか」
棚町の脳内で俺の行動がどんな風に解釈されているのか、何とはなしに分かってしまうのだから恐ろしい。思春期の少年少女ならすぐに至る妄想ではあるけども。
ただでさえ棚町からの印象が悪い俺のことだ、このままでは退部を迫られるかもしれない。こいつならやりかねない。どちらにせよ好ましくない状況だ。
「頼むから誤解を招くような発言はやめてくれ」
とりあえずなけなしの好感度がこれ以上すり減らないうちに釘を刺しておく。だというのに伏日は小首を傾げて、「どういう意味デス?」みたいな顔をした。この天然さんめ。
「……わたしにはしてくれなかったのに。ずるい」
おーい、そこ黙っとけ。漫才の突っ込みなら頸野にも初対面の時ちゃんとしてやっただろ。なんで泣きそうなんだよお前さんは。
「他にも何かなかったのかい?」
今度はロリ先輩が明け透けな茶目っ気アシストを繰り出してくる。
敵ながらあっぱれなタイミング、そしてジャミングではなかろうか。
もうね、アリの巣にペットボトルの水を流し込んで遊ぶ幼児みたいにキラッキラな瞳がね、本当に眩しいんだわ。口ぶりは弾んでるし、なんというか無邪気。この状況を楽しむ余裕があるのは結構だが、外野なんだから静観しててもらえませんかねとは俺の談。
「んー、何カ、何カ……」
一同の視線は再び伏日に向けられる。漢数字にして八つもの瞳に素気無く見つめられながら彼女は爆弾を投下した。
「あー、あとその方はイヤラシイ目付きでミザリーの胸を観察してましタ。ねぶるような視線がこそばゆかったデス」
どかーん。俺は爆発した。
「むむむ、胸を観察っ!?」
と棚町は腕でその部位を掻き抱いて、
「キミも男の子だねぇ」
ロリ先輩はくすくすと笑い、
「……圭は巨乳好きなの?」
最後に頸野がジト目で俺を見る。
だが、これに関して再再反論は出来なかった。悲しいことに俺が巨乳を好きなのも、伏日の胸元をガン見していたのも事実である。だが男は誰だって巨乳好きなのだから仕方ない。
「ああああああ」
忸怩たる思いを浮かべていると、顔をゆでダコみたいに赤くした棚町が早口でまくし立て、
「綾村くんはへへへ、変態だとは思っていたけれど、まさかこの神聖な部室で情欲に耽るとは思わなかったわ……っ! 変態! 変態!」
流石にそこまで変態変態と連呼されると傷つくんだが。言っておくが、思春期の男子なんて性欲の塊なんだぞ。毎日とまではいかないがそれでも結構な頻度で溜まったりする程度には。 といっても溜まるのはストレスだけどな。はい、今の『結構な頻度で溜まる』という表現を変な意味で捉えた奴がいたとしたら、そいつが真の変態なのである。そう、君のことだ。
何なら国語辞典に男子高校生とは『意味もなく消しゴムを落として拾う者を指す』と書いて載せてもいいくらいだ。ただし前提条件として、後ろの席の女子のスカートが短かった場合の話だが。
とりあえず最後に、これだけは言っておきたい。
誰でもいいから縄を解いてくれ。そろそろ鬱血しちゃうから早く!




