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転生しても俺は魔法が使えない  作者: 佐佑左右
壁に耳あり障子にミザリー

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第30話「わっわっワッ、ひぇッ、おおっあっキャッ!」

「——ぅひゃアッ!?」


 突如として部室の隔壁を引き裂くような破砕音が轟いた。


 それが何によって生じたものなのかは想像に難くない。それでもふと背中に走る一筋の冷や汗の気持ち悪さに顔をしかめ、からからに渇いた口腔をひゅるりと鳴らしながら嫌々そちらを見やると、やはり予想を寸分違わず裏切らない展開であり、得てして俺は肩を竦めてみせた。


 ドドドドドドドドドドドドドド。


 果たして音の正体は、混ぜ合わせられた薬品の異常な化学反応による連鎖爆発だった。


 おどろおどろしい色をした煙が部室の中をたゆたい、硫黄のような異臭と飛行機の着陸時に起こる火花がちりちり迸る。棚町が無言で窓を開いた。


「わっわっワッ、ひぇッ、おおっあっキャッ!」


 局地的鳴動を伴って爆心のまっただ中にいる伏日(ふしのひ)ミザリアは、悲鳴とも嬌声とも似つかわぬ声を上げた。俺はといえば、既に距離を空けて遠巻きにその様子を眺めていた。


 ——私は爆発が嫌いなの。


 ——爆発しないの? こぷっ。


 ——先輩命令だ、爆発したまえ。


 他の部員ももう慣れっこなのか、特別リアクションを取ることもない。ああまたか、みたいなスタンスで眺めている。迷惑そうな素振りも見せないが、かといって誰も心配する素振りも見せなかった。おいおい、これがデフォルトの風景だなんて有り得ないだろ……。


 眉間を押さえ、軽く揉む。それでもこの光景は一向に変わる気配を見せなかった。


 ◆


「伏日ミザリアといいマス。気軽にミザリーって呼んでくだサイ」

「この状況で自己紹介とか」


 それよりもまず先に俺の身体を縛る縄を解けと言いたい。ついでにどうしてこんな仕打ちを受けているのか理由も併せて教えてくれ。


「だってそうしないト、逃げちゃうデショ?」

「それ以前の問題だ!」


 そうである、何を隠そう現在の俺は拘束されていた。


 誰に、もちろん目の前にいるこいつにだ。


 伏日ミザリア一年生。……のはずだ、正直自信はない。それもそのはず、一見するとこいつの方が俺より歳上に見えてしまうからだ。というのも伏日はでかい。色々とでかい。


 例えば身長なんて目測だが百八十は優に越えているだろうし、その時点で俺はおろか棚町や頸野なんかよりも遥かに高い。ロリ先輩に至っては身長差が頭三つ分くらいあるぞ、多分。


 それとバストだ。全体的に均整の取れたスタイルなのだが、ここだけは突出している。他がシュッと引き締まっているだけに余計に目立つ。大きさだけでいったら担任の先生といいとこ勝負だろう。出る所はしっかり出ていて、そうでない所は控えめ。うん、実に魅力的なモデル体型ではないだろうか。これで一年生だというのだから末恐ろしい。余談だがロリ先輩も顔に似合わず胸がでかい。ホントそれだけの話。別にじろじろ見てないよ? 彼女の胸以外は。


「ふむふむ」


 顎に手をちょこん添えながら、俺に熱い視線、もとい好奇の視線を送りつけてくる伏日。


 コバルトブルーの瞳はまるでアサガオの成長日記をつけている小学生みたいに爛々と輝いていた。


「な、何だよ」

「はわわっ、これは失礼したデス。ミザリー、こっちの世界で殿方をまじまじと観察するのは久方ぶりだったのデ、少しばかり悦に入ってまシタ」


 自身の言葉に感応するかのように屹立するパイナップルのへたみたいな金髪が——肩口まで伸ばされた金髪、頭頂部の一部分はゴムで括られアンテナのようにピンと立っている——右へ左へ揺れ動く。涼風にそよぐ稲穂を連想させたが、それはさておき。そんなことよりも彼女が口にしたこっちの世界という表現に俺の関心は向けられていた。


「まさか伏日も転生者なのか?」


「スペイン語で言えばエレスコレクートでス! でもミザリーは日本人とイギリス人のハーフなのでここはモチのロンと言っておきまショウ!」


「どうしてハーフだとそうなるんだよ」

「細かいことを気にしてはイケナイのデス!」


 全然細かくねーよ!


「……まあいいや、とりあえずいい加減この縄を外してくれ」

「で、でもそれを外しちゃうとせっかくのモル……観察対象が脱走してしまいマス」

「だから逃げねえってさっき言っただろ。それと今モルモットって口にしようとしたな!」

「そそそそそソ、そんなことないデスヨー? ピュー、プピュー!」


 うわ古っ。今どき口笛を吹いてごまかすとか(しかも吹けてない)、逆に新鮮だよ!


「……しょうがないデスネ、なら外してあげますケド、逃げないでくださいヨ?」

「なんで上から目線なの?」


 ぶつくさとぼやく俺を余所に伏日は背後へと回り込む。そのまま縄の結び目を解こうとして屈みこんだのだろう、ちょうど俺の腰の位置から声が聞こえた。


「えート、ここをこうしテ……、あレ、んー、おかしいナ、なんかどんどん絡まマッテ——」

「って、いただだだ!」


 ちょっと待て、おい伏日締まる締まってる! ぎりぎりととてつもない勢いで! 縄が! 俺の身体を! 締め上げていくッ!


「あやー、これじゃあまるで贈り物のボンレスハムみたいデスネ」

「そろそろ俺もキレるぞ!?」

「確かにキレてますヨー、いいタイミングで突っ込みがキマス」

「そっちのキレじゃねーよ!」

「わワッ、こぶ結びになっちゃいマシタ。あーこれは無理デスネ」

「途中で諦めないで頑張って!」


 もうやだこの娘。


 部室の向こう側からぺたぺたと足音が聞こえてきた。やがて足音は扉の前で止まると、次の瞬間にはガラリという擦過音を伴いながら扉が開かれてしまった。


「おや」


 怪訝そうな声が俺に注がれる。


「もしやお邪魔だったかな?」


 ひょっこり覗かせた顔はロリ先輩のもの。口元には愉快めいた笑みを滲ませていた。


「……わお」


 続いて、背後からゾンビの呻き声みたいに酷く掠れた声音が一つ。


「……SMプレイ?」

「違う!」


 頸野だった。


「……わたしも交ざりたい」

「それわざと言ってるよね? この状況分かってて言ってるよね?」

「……鮮血プレイなら得意」

「回避出来ない格好の時に鮮血をふっかようとすんな!」

「……ふふ、今の圭は恰好の的」

「上手いこと言ったつもりか!」


 あっ、目を逸らしやがった。やっぱり図星かよ。なんて、頸野相手に軽口を叩ける所まではよかった。問題はこの後だ。


「へぇ、ずいぶん楽しそうね?」


 戦慄が走った。


 鋭く、それでいてやけに底冷えのする薄氷のような声。

 一度耳にすれば脳髄に刻み込まれる圧倒的存在感を秘めたその声の持ち主は棚町季節、そうこの部のラスボスである。

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