第3話「振りでどうにかできるほど異世界は甘くはないんだよ!」
過敏性腸症候群というのをご存知だろうか。
専門家でもなければ医学を志す若人でもないので詳しくは省かせてもらうが、症状の現れ方によってそれぞれ不安定型、慢性下痢型、分泌型、ガス型の四種類に分けられるのだそうだ。
その中でも俺の症状は上記のガス型に相当し、現在進行形で苦しめられていた。
この症状を簡単に説明をするなら過度のストレスによって腸内にガスがたまってしまう、とかいえば分かりやすいと思う。
話を聞き及んだ程度の人からすれば「なんだそのくらいでがたがた言うなよ」とか思うだろうが、当人にとってはそんな生易しいもんじゃない。
実際に体験すればきっとその辛さが理解できるはず。
まず始めに、症状が出るタイミングとして周囲に人がいることが多い。
大抵の場合学校とか職場とかたくさんの人間に囲まれて、すぐに逃げ出せる状況じゃないことが原因の一つだ。
そして俺の発症トリガーは、これに他人の視線をプラスする。
やがて眼力で岩に穴でも開けるつもりなのか、四方八方を囲う同年の彼氏彼女の冷ややかな視線がス○シウム光線よろしく俺を照射していくのにつれて、腹がきゅるきゅると情けない音を奏で始めるのは序の口。
「ぐうぅ……」
だんだんと下降を始めようとするガスをなんとか留めるために体をぶるぶると震わせる様は往年のダンシングフラワーを思わせるが、本人としては割りと切迫している状態なので、なるべくなら笑わないでほしい。
気を抜くとすぐにでも体外にガスを放出しかけてしまうため、全然授業に集中できないのが悩みの種だった。
気を紛らわすべくひとまずここで自分が置かれた状況を整理してみよう。
死神の力で魔法が栄える異世界に転生し、二度めの人生を手に入れた所から物語はスタートする。
◆
長い眠りから目を覚ましてまず視界に入ってきた景色はといえば、鬱蒼と生い茂った雑木林ではなくせせこましさを感じさせる色褪せた天井で、ここはどこで俺は誰なんだと使いふるされたネタを孤独に行おうとした矢先に彼女が現れた。
「おっす、圭」
快活な少女だった。
後ろで軽く纏めたショートポニーと全体的にラフな格好で固めた服装から、元気が一人歩きしているような印象を受ける。
顔は綺麗というよりは可愛い系で、男好きのさせる笑顔の持ち主だった。
「一応初めましてになるのかな? あたしはステュクスちんの親友のぺルセポネっていうんだ。でも今は天津さざめって別名義があるから、そっちで呼ぶように。よろしくっ」
差し出された手に訝しみつつもさざめと握手を交わす。
ステュクスの知り合いというからには恐らく彼女も死神なのだろうが、果たして何の用だろう。
そんな俺の疑問を表情から察したのか、さざめはパチンと手を叩き「よし、挨拶も済んだしいっちょ説明すっか」と口を開いた。
「ほら圭ってこの世界のことよく知らずに転生したでしょ? それに身寄りや戸籍はおろか、住む宿や生活基盤だって分からない状態なわけだし、正に赤子も同然さね。でなもんで、転生してしばらくはステュクスちんがアンタの面倒を見る予定だったんだけど、あの娘都合が悪くなっちゃってさ。そんでこんな時に頼れる同僚が他にいないってんでこの大親友天津さざめが代わりに圭の面倒見に来てやったというわけ」
「そうだったのか。そりゃ悪いことしたな」
「いや、別にあたしもたまってた有給休暇を使ういい機会だったし、アンタが気に病むことはないよ。それにステュクスちんのお願いとあっちゃあ、受けなきゃ男が廃るってもんでさあ。つってもあたしは女だけどね」
そう言って一人けらけらと笑うさざめ。
一体何が面白いのか分からないが釣られて俺も笑いそうになる。不思議だ。相手は人間と似ているようで正確には違う死神だというのに、なぜか親しみやすい。
きっと彼女らが裏表のない性格をしているからだろう。
少し話しただけでそれが分かってしまうのは、何も俺が鋭いからというわけではなく、単にステュクスやさざめがそういった純朴さを持ち合わせているからだと思う。
「んじゃあ、次に圭の設定を説明するね」
「設定?」
「うん、さっきも言ったけど圭ってこの世界にとってはイレギュラーな存在なわけ。本来なら転生する際に前世の記憶とかぜーんぶどド忘れさせるのが決まりなの。そうしなければ異世界に適応できないからね。だけどアンタにはその処理をしてないから、さて困りました」
「……確かに困るなぁ」
——って他人事みたいに言ってるけど自分のことだからね、俺?
「さて、ここで問題です。身寄りも戸籍も一切合切ない圭がこの世界で生きていくためにはどうすればいいでしょーかっ?」
口でジャガジャンとクイズ番組のイントロクイズとかで流れそうなSEの真似をするさざめが、これまたクイズ番組の司会者ノリで俺に出題してくる。どうでもいいがステュクスといい死神は声楽にでも興味があるのか?
シンキングタイムスタート。
デデェーデ、デデェーデ(さざめのノリが移った)……。
シンキングタイム終了。
はい、それでは回答者の答えを見てみましょう。
「……記憶喪失の振りをする?」
「振りでどうにかできるほど異世界は甘くはないんだよ!」
怒られた。どうやら間違いだったらしい。
「正解は、転生前に圭の設定を書き換えるでした!」
「分かるか!」
そんなご都合主義の力業を使うなんて正解率一%を謳う某ミステリーぐらいしか許されないだろ。
いや別に貶してるわけじゃないからね?