第27話「わーっ、わーっ、わーっ!」
「こんなのいらないわ」
やっぱり解決しなかった。
「あっ、何してくれてんの!?」
棚町は受け取った入部届けをなんと真ん中から縦に切り裂いてしまった。遠慮も加減も一切することなくビリビリと。おいどうすんだ、二枚になっちまったじゃねぇか!
……いやまだだ、まだ分割されていく。もはや紙片となりつつある、というか既になってる入部届けの残骸は、そのまま部室の片隅のゴミ箱にダストインだとさ。
「いやちょっと待てよ!」
堪らず俺は声を上げた。かつてこれほどの仕打ちを受けたことがあっただろうか。たくさんあったなそういえば。あったよ。思い出すのは腹立たしい記憶ばかりなので割愛するけども、あったあった。すげーあったぞ。
「……うるさいわね」
「うるさくもなるわ! 流石にこれはうるさくもなるわ!」
駄目だ、テンパり過ぎて同じ言葉ばかりを連呼してしまう。エクスクラメーションマークを連呼し続けたせいで喉が痛くなっちまった。げーほげほっ。
と、俺まで喀血しかねん勢いで「!」と語尾につけて叫んでいた時だった。
コンコンと控えめなノック。
「どうぞ」
棚町がそう促すと、恐る恐るといった感じで扉が開かれた。
「こ、こんにちわー……」
入室して来た人物は女性であった。黒髪をゴムで軽く纏め、顔には銀縁眼鏡をかけている。服装はタイトなスーツ姿で、胸元はこんもりと盛り上がっており、なかなかの巨乳だ。地味な顔立ちから気弱な文学少女を思わせるが、どちらかといえば小動物のそれに近い。なかなかの美人ではあるが、なんというか全体的に野暮ったさを引っ提げている大人の女性だった。因みに俺はこの教師と知り合いである。いっけね、ヒント洩らしちゃった。
「あ、あやっ、綾村くんどうしてここにいるの?」
「先生こそ何の用ですか?」
正解は俺のクラス担任の、えーと、あれなんて名前だっけ……面倒くさいな、とにかく担任の先生でいいや。
「先生はこの部の顧問なのよ」
今の発言だが果たして棚町と担任の先生、どちらのものかお分かりだろうか? 先生という単語のせいで混乱してしまうが、これは棚町の言葉だ。判断基準はどもりがあるがどうかで、上記にはそれがない。つまりそういうことだ。
「にしてもこんな調子でよく顧問になってくれたな」
「それは簡単なことよ。だって先生の——」
「わーっ、わーっ、わーっ!」
棚町が何か言いかけたと思ったら、続きを遮るようにして先生が授業の時でも出さないような大声で割り込んでくる。その慌てっぷりを見る限り、何か弱みを握られたんだとなんとなく想像がつく。
「たたた、棚町さんっ、それは言わない約束って……」
「すみません、失念してました。でも肝心の部分は伝えてないからセーフですよね?」
それにしても鬼だなこいつ。
「と、ところで綾村くん」
話題を変えたいのか俺に矛先を向ける先生。あれこれ詮索するのも可哀想なのでとりあえず乗ってやることにする。これも優しさだ。
「はい、何ですか?」
「あのっ、あのね、そ、そうだ! 部活の入部届けもう書き終わったかな?」
「あー、それなんですが棚町に細切れにされました」
棚町と部屋の隅に置かれているゴミ箱に視線を交互させる。
小首を傾げ、恐らく疑問符を脳内に浮かべているであろう先生に俺は言う。
「バラバラだけどよかったら取りだしますよ。どっちにしろ棚町の許可がないですけど」
「な、なんでまたそんなことに」
それは俺が聞きたいくらいです。なんなら先生が代わりに聞いてみてくれませんか?
「彼はあくまで仮入部ですから。それに私は綾村くんの在籍をまだ認めたわけではありませんので、入部届けを受理する必要はないと判断しました。これについて何か問題がありますか?」
だったらせめて反論の余地は残しておけよ。お前の口調は有無を言わせない迫力があるんだからな。
「な、ないです棚町さん……」
ほれ見たことか。目上の先生ですら畏縮しちまってるだろ。あと俺もな。




