第24話「ちょっと署まで同行願おうか」
「部室の鍵を閉めるから早く荷物を持って先に帰ってくれないかしら?」
「そんなに追い立てなくたっていいだろうが。少しは待ってくれよ」
「どーん」
「ああっ、適当なかけ声と一緒に俺の鞄を外に投げるんじゃねぇ!」
しかも無駄に飛距離を伸ばすし。
くっ、内容量の少なさが仇となったか。
息を切らせながら鞄をなんとか回収し、部室前まで戻ってくると既に棚町は姿を消していた。
なんとなく予想はついているが、一応傍らに立つ頸野に聞いてみる。
「棚町はどうした?」
「……部室の施錠が終わったから先に帰るって」
やっぱり思っていた通りだ。本当にあいつはテンプレートに添った行動をするなあ。
「あいつ、他には何か言ってなかったか?」
「……不景気フェイスは変態で節操がないから、襲われないように気をつけなさいって」
「どんだけ俺に恨みがあんの?」
なんでそんなに俺の心証を悪くしようと躍起になってんだよ。
と、頸野に血まみれワイシャツの裾をくいくい引っ張られた。
「どうした頸野?」
「……わたしはいつでも準備出来てる。ばっちこい」
「いやばっちいかないし! つーかなんで俺がお前を襲う流れになってんだよ!」
ええい頬を赤くするんじゃない! 分かったぞ、頸野はマゾだ!
「……しないの?」
「しねーよ!」
「……面と向かって死ねって言われた」
「しねのニュアンスがちげぇ! 日本語の受け取り方の多様さが今は憎らしいっ!」
「……言語能力を全否定された。もうわたしは生きていけない。こぷっ、こぷっ」
「って唾を飛ばすな! さてはお前分かっててやってるな!」
「……なんのことやら」
「だったらせめて俺の目を見て言え!」
「……瞳が腐ってそう」
「お前に言われたくねーよ!」
「……人が気にしていることを」
「すまん悪かった!」
「……許す」
なんだこの会話。
「……なんだかどっと疲れたよ。俺達も帰るか」
部室を前にして二人でいつまでもだらだらと駄辯を重ねている訳にもいくまい。
流石に実のない会話ばかりでは飽きてしまうしな。会話主体のライトノベルならそれでもいいのだろうが現実は違うのさ。
丁度いいし、ここいらで会話を区切ってお暇するとしよう。
「……待って」
「なんだよ、まだ話があるのか?」
「……こぷっ」
おおっと! そう何度も同じ過ちをする俺ではないぞ。
見ろ、鮮血を鞄で防いでやったわ。
……やっちまった。
「今のは特技と趣味、どっちの吐血だ?」
なんて尋ねると頸野は小さく首を左右に振り、「……どちらでもない」とのこと。
「じゃあ何の吐血なんだ?」
と質問を変えると彼女は、
「……圭の仮入部歓迎の吐血」
そう答えた。間髪置かずに継ぎ足して、
「……いつか(仮)が取れるといいね」
え、あっと、う、うん。
なんだ頸野さん、嬉しいこと言ってくれるじゃないの……。
「とりあえず歓迎してもらえてよかった。ほら俺って棚町に毛嫌いされてるから肩身狭くて」
俺に対しては悪の権化だからね彼女。根本的にデレがないもん。
「……そんなことはないと思う」
「ん、何が?」
「……圭と会話してる時の季節、楽しそう」
ええー、それは無いだろう普通に考えて。
思わず倒置法を使ってしまうほどにその言葉には面食らったぞ。
だいだいだな、仮に棚町が俺と話すことにいくばくかの楽しみを感じているとしよう。
だけど俺はこれっぽっちも楽しくないっての。
辛辣な物言いに結構打ちひしがれてるんだからな。
むしろ憤りを隠せないくらいだ。
だから、
「ありえん」
俺の本音はこれである。変わる予定は今の所ない。
しかし俺の述懐を聞いたというのに頸野は「分かっていないなぁ」みたいな表情を浮かべている。
ならお前はどうなんだよ。
「……わたしも割と面白い」
読解力を問われかねん発言だな。
その言い回しでは綾村圭に対してなのかそれとも頸野哭に対してなのか分かりづらいと思うぞ。
まあ俺のことを指してるんだろうけどな。
話を聞く限りでは、どうやら嫌われてはいないらしい。どころか好かれてるんじゃないか、これは。
おい、誰かラブスコープをくれないか。
あれって確か好感度を目視出来たはず。
……なんだって?
一度作ったキャラを転生させるか、周回ボーナスで手に入るポイントがないと無理なの?
◆
「……ばいばい。また明日」
「おう、じゃあな」
校門まで頸野と二人で向かい、その先で別れる。
手を振る彼女の顔が蒼白になっているのが気になったが、多分貧血のせいだろう。
だってあいつ、俺が玄関で下履きに爪先を通している時にも「……わたしはあと二回吐血を残している」とかなんとか言ってその場で本当に二回血を吐き出しやがったし。
今日だけでも何回吐血したのか分からないくらいだ。
アレでよく身体が持つものだ。
常人なら普通とっくに死んでる量だったぞ。
実は身体が強靭なんじゃないか?
ともあれこうしてまた一人、頸野哭という少女の知り合いが増えた。
後はこれが死り遭いにならないことを祈るばかりである。縁起でもない。
余談だが、この話には情けないオチがあったりする。俺が帰路についた矢先のことだ。
「——待ちたまえ君、その服はどうしたのかね!」
警官に止められた。へ、服? 慌てて身なりを確認すると、
「あ、やばっ、忘れてた!」
俺のワイシャツにはべったりと頸野の血が付着していたことのだった。
今までなんとも思わなかったが、そりゃあ道行く人とすれ違うたびに目を背けられるはずである。
「ちょっと署まで同行願おうか」
後悔しても遅かった。
なされるがまま俺は連れられ、事情聴取を受けるハメになった。
警察署で身の潔白を散々訴えたが警官は難色を示すばかりだったので、仕方なく頼みこんでなんとかかんとか頸野を呼んでもらい、直接本人の口から事実釈明とついでにこの場で吐血をしてもらう運びとなった。
一応誤解は解かれ事件性はなしとのことで釈放されたのはよかったのだが、このことで頸野に笑われたのは理不尽だなあと思いました。
頸野……恐ろしい子! まる。




