第22話「……ちなみに特技は吐血」
『頸野哭』
それが彼女の名前らしい。
わざわざ懇切丁寧にルビまで振ってくれているが、字面で見ると厳めしいというか、なかなか物騒な名前ではあった。
さて、事後報告——決してやらしい意味ではない——をしておこう。
結局あれから説得力のある言い訳を思い浮かばなかった俺は、もはや拝み倒す勢いで頸野に謝った。
彼女は分かったのか分からなかったのか断言こそしてくれなかったもののとりあえずこくこく(名前が哭なだけに)頷いてくれたので、一応理解を示してくれたのだと信じたい。
出ないと俺は強◯魔という最低最悪なレッテルを貼られることになってしまうがそれだけは避けたい。
ほうら見るがいい。
誤解を招くのは簡単で、解くのは大変だとさっき言ったばかりだろう。
伏線回収は果たしたぞ、ふはははは。
そうそう、「……ちなみに特技は吐血」だそうだ。ねーよ。
どうやら頸野は突発的に吐血をしてしまう体質であるらしく、部室の血溜まりもそれによるものなんだと。
人騒がせな。
いつもはもう少し血の量が少ないそうだが、稀にさっきみたいな量の血を吐き出してしまうらしい。
恒常的に吐血する彼女だが、流石にこの時ばかりは気絶してしまうのだとか。
元々そんなに身体も強くないようだし、なんというか、庇護欲が刺激される話ではある。
「俺は綾村圭。今日からこの部に通うことになった新入部員だ。(仮)だけどな。なもんで、一つよろしくしてくれ」
「……新入部員さん? そんな話、聞いていない」
「していないしする必要もないからよ。どちらかと言えば侵入部外者だもの」
後ろからねめつくような視線が一つ。
無視しようかとも思ったが、それはそれで面倒なことになりそうなので、やれやれ誠に億劫だが相手をしてやることにしよう、と数秒の間に字数にして七十五字もの文章群を脳内に並べた俺は、錆び付いたブリキの玩具よろしく諦念を持って背後の人物——棚町へと向き直った。顔を逸らされた。
彼女の登場は今から少し遡る。
そう、傍目には俺が頸野を押し倒しているように見える時の話だ。
それとも顔面に鮮血をぶっかけられた時だったかな? まあいいか、大した些事じゃない。
で、だ。
ただでさえ他人に見られようものなら社会的立場の損失甚だしい光景を、明らかに一番見せてはいけない人物に目撃されてしまった。そう、悪鬼羅刹こと棚町季節にである。
棚町はすたすたと、まるで何事もないかのように入室して来たのはいいのだが、俺の近くを通り過ぎる際にぽつりともらした、
「発情した猿が部室に放し飼いされているようね。嫌だわ早くすりつぶさないと。鈍器はどこにあったかしら……」
これには底冷えするかのような、聞く者全てを震えあがらせる魂の響きが込められていた。
ちょっと目が、マジで故意する五秒前だったんですけど!




