第20話「ひっ!」
扉の前に立っていた。
ふと斜め上へと視線を向ければ、魔法使『えな』い部と書かれたネームプレートが目についたが、何を隠そう俺はこの部の部員である。
……今日が初参加なんだけどな。
まずは軽く深呼吸。すーはー×二セット。すー、と息を吸い、はー、と呼気を漏らすたびに酸素と一緒に緊張感も抜けていく。
こうしていると歯医者の待ち時間を思い出す。
あのお通夜みたいな雰囲気、治療室から鳴り響く子供の悲鳴とドリルの叫声。
絶対的恐怖空間で自分の刑の執行を待つのは本当に地獄だった。
今の俺の心境は正にそれと酷似していた。
ともあれ、いつまでも部室を前にして突っ立っていても仕方ない。
どうせ毎日通うことになるんだし早く慣れないと。
男は度胸だ。
ドアノブに手をかける。
誰か先に来ているのか鍵はかかっていなかった。
軽く右に捻ると、それだけの動作で扉は桎梏から解放された。
内と外を繋げるために粛粛とその役目を果たす。
「こ——」
んにちわと続けようとしたが、その先を紡ぐことが出来なかった。
なぜなら開け放たれた扉の先で、これが現実のものだと思いたくないほどに凄惨な光景が広がっていたからだ。
「ひっ!」
すぐに俺の口から引きつった声がこぼれる。
正常な反応ではあるが、性情な反応ではなかった。
けどそれは仕方のないことだろう。
何せ、目の前で人が倒れていたのだから。
しかも血溜まりの中にである。
まるでこの部屋で殺人事件でもあったのかと錯覚してしまうほどにそれは色濃く、またはっきりと存在していた。
服装から察するに女生徒である。
その女生徒は部室の中央を陣取るかのように仰向けで寝ており、矛盾のように思えるが小さく大の字を描いていた。
目立った外傷や凶器の類が見受けられないことと、唇から幾重もの血の筋が垂れていることから、何らかの毒物を口にしてしまったのでないかと推測する。
本来なら早々に誰かを呼んでくるか意識確認をしなければならない状況なのだろうが、情けないことに俺の足はぶるぶると震えていて、全く使い物にならなかった。
……いや、本当は分かっていた。
どうして身体が言うことを聞かないのか、それは意識を確認するのは無意味だと悟ったからだ。そのことは彼女が暗に物語っていた。
開かれた瞳孔、だらりと弛緩しきった手足、ピクリともしない身体……。
これらから導き出される一つの解答は、認めたくはないがつまりそういうことである。
よって、取り立てて急ぐ必要はないと脳が判断しているのだ。
……あえて婉曲な物言いにしたが、なんてことはない。
要するに俺は死体の第一発見者になってしまったのだ。
◆
黙視を始めてどれほど時間が経っただろうか。
十分以上そうしていたかもしれないし、実際には一分も経っていないのかもしれない。
いずれにせよ俺は、その死体から目を背けることが出来なかった。
その場に縫いつけられたかのように足は動かない。
微妙な距離感を保つ。
女子生徒の死体と俺の、である。
「……はぁっ」
いい加減なんとかしなければ。
この状況は確定的にまずいぞ。
傍から見ればこの光景、まずもって誤解を招いてしまうことだろう。
何せ血塗れの死体が目の前にあり、それを呆然と眺める男子生徒が一人。
字面からも何かしらの事件性が窺える。
というより容疑者にされてしまうこと受け合いだ。
もちろんきちんと時間をかければ俺の嫌疑は晴れるとは思うが、それだって保障はない。
招くのは簡単だが解くのは大変なんだ、誤解ってのは。
と、そんな際限のない不安に駆られていた時だった。
「……?」
視界の端で何か蠢いた気がした。




