第14話「死神」
「……なぜ分かったの?」
俺の言葉をまるで予想もしていなかった、なんて表情を浮かべるのは部長。隣で紅茶を飲みながら薄く笑っているのはロリ先輩だ。
「え、何が?」
とぼけないで、と部長に語気を強めて言われた。別にとぼけたつもりはないのだが。
「名前よ名前。確かにこの部の正式名称は『魔法使えない部』で違いないわ。さっきのアレは敵を欺くための嘘っぱち。方便よ」
「敵て……」
「どうやら敵の自覚がないようね。気持ち悪い」
えっ、何そのジト目。俺のこと言ってるの? クラスメートの「~だよ、知らないの?」が口癖の女子と同じナチュラルに人を傷つける視線はヤメテクダサイマセンカ。
「話を戻すわね。私はこの部を『魔法使い部』と言ったわ。けれども貴方は今『魔法使えない部』と訂正した。これは一体どういうことかしら?」
「いや、どういうことも何もあのポスターにそう書いてあったじゃないですか」
逆にこっちが相手方に何を言ってるんだと聞き返してやりたい。
俺はただ、普通に読んで普通に呼んだだけだぞ。
「……あのポスターに何か違和感を感じなかったかしら?」
「違和感?」
ありがちな二重表現なのだが、違和感は感じるものではなく覚えるものだ。まあそんなことを指摘する空気じゃないから黙っておくけどさ。
それよりも違和感、違和感ね。
うーん、何かあったかな……。
あ、そういえば一つあったな。
「ちょっと気になったんですけどなんで魔法使『えな』い部って書いてあったんですか? 特に『えな』の部分がかなり小さくて正直あれじゃあ生徒は勘違いして当然だと思うんだけど」
「いらないから」
「え?」
「あのポスターに隠されたメッセージに気づかない生徒はこの部にはいらないから——と私は言ったのよ」
そう告げる彼女はどこか歪な笑みを浮かべていて俺は恥ずかしながら総毛立ってしまった。もしもこの世に悪鬼羅刹がいるのだとしたら、それは目の前の相手こそを指しているのではないかとさえ一瞬思ったよ。いやだって凄みがね、本当にすごいんだよ。
「字面からもう分かっているでしょうけど、この部は魔法が使えない女子生徒のみが在籍する俗にいう落ちこぼれとやらの集まりよ」
落ちこぼれ、という単語は俺にとっても耳が痛い。
たったその一言だけで人の価値を粉微塵に貶めることができるからな。
大嫌いだ、その単語。
「それで、貴方はどうなのかしら?」
だからそんな敵愾心に満ちたような目はやめろって怖いから。子供だったら泣くぞ?
「……俺も魔法は使えない」
「でしょうね」
俺の吐露に部長は嘆息しつつやれやれと肩を竦めてみせた。
男がやればキザったらしい動作なのだが、彼女がやると不思議と様になっている。
七不思議の一つに認定しよう。
「この部を訪れるのは主に二通りの人間よ。一つ目は貴方みたいな魔法が使えない人間。——もっともこちらは少数なのだけれど。そして二つ目は私たちを冷やかしに来る、ちょっと魔法が使えるからって調子に乗ってる暇人ね」
そんな憎々しげに吐き捨てなくてもよくないか。
色々あったんだろうけどさ。
「——って、魔法を使える人間だって入部しに来たりするんじゃないですか? 表向きは魔法使い部なんだし……」
「それはないわ」
それはないって、何故そう断言出来るのか。
「だってそうでしょう。この世界では魔法を使うのは日常茶飯事よ。しかもここは魔法学校。特別な魔法を研究した実績があるとか、高名な魔法使いがいるとかじゃないもの。ただの生徒それも素人ばかりの集団よ。むしろ同好会に近いわ。だったらわざわざこの部を選択する価値はないに等しいとは思わない?」
それだとあまり理由になってないような気がするんだが。来る奴はそれでも来るだろうしその逆も然りだ。
魔法を使えない生徒がこの部に来ない可能性もあるということな。
「その顔は得心を射てはいない顔のようね」
得心を射てどうする。得心は行くものだろうに。
この調子だとこいつ、的を得るとかの誤用(じゃないという話も聞くが)もしてそうだな。
「考えてもみなさいな。果たして本当に魔法が使えないような人間がこの魔法学校に入学すると思う? 明らかに馬鹿にされるわね。そんなわざわざ自分を追い詰めるような真似、生粋の被虐趣味を持ち合わせる者ぐらいしかしそうにないでしょう?」
「まあ……」
その通りの話ではある。例えるなら、動物アレルギーを持っているのに動物園に行くようなものだ。事態の深刻さは段違いだけども。下手したら死ぬし。
……ん、ちょっと待てよ。ならばどうして彼女らはこの学校にいるんだ。本人の言う魔法が使えない人間が、どうしてこの学校に入学したのかという疑問が残ったぞ。
「説明するまでもないとは思うのだけれど、それでも一応保険をかけておくわ。私は別に被虐趣味なんか持ち合わせてはいないから勘違いしないように」
そんな俺の疑問の声が部長に届いたかどうかは定かではないが、いずれにせよ隠し事の苦手な俺のことだ、どうせ表情に出てしまったんだろうと予想したりなんて。別に疑ったのはそこじゃないんだけどなぁというツッコミは止めておこう。俺のせめてもの優しさだ。
「顔がニヤついているわ。汚らわしい」
先述の通り、本人がそう言うならそうなんだろう。さて、彼女がなんか色々と残念なキャラということも分かったし、なるだけ関わらないようにしよう。そうしよう。うん。
「彼が言いたいのはそういうことじゃないと思うがね」
「私に一任して、黙って見てるんじゃなかったですか?」
「うん、最初は口を挟まないでおこうかとも思ったんだけどもね、キミがあまりにも頓珍漢なことを言うもんだから、代わりにボクが通訳してあげることにしたよ」
いい人だなロリ先輩。
「なら今後は敬意を込めてバイリンガル先輩と呼んだ方がよろしいでしょうか?」
最悪だな後輩。
「慎んで遠慮するよ。ボクはいつまでも君らのロリ先輩でいたいのさ」
「分かりましたペド先輩」
うわぁ喧嘩売っちゃったよ!
紅茶ぶっかけられたりしないだろうな、流石に。
「残念ながらボクはヘベフィリアだ」
突っ込む所そこ!?
「さて、特に笑えもしなければ面白みもない、ただの低能な会話劇はこの辺にしておこうか」
なんかそれ予防線を張ってるような感じがするんですけど。体育のサッカーで「昨日、家で肩痛めちまったから負けても仕方ねーし」みたいな。痛んでるのはお前の頭(ちょっと実話が混じってる)だっての。
「恐らく彼が言いたいのは、魔法を使えないボクらが何故この学校にいるんだ?という極めて単純な疑問だと思うのだがどうかな?」
「あ、はい、そうです」
「だそうだよ。……ホラ、何をしてる部長さん? さっさと答えてあげたまえ」
「ここで私に振りますか」
やれやれこれで俺の相手をしなくて済む、と気を抜いた所で再び役目をすげ替えされた部長はどうしてかこちらに睨みを効かせてくる。
いやいや俺に責任転嫁されても困るのだが。
「死神」
そんな彼女がぽつりと漏らした一単語。
その単語には俺も聞き覚えがあった、……というか聞き古した名称である。
俺を異世界に転生させ、そしてこの部に来る原因を作った張本人だ。
ついでに言うと妙に人間くさい連中で、炒飯を作るのが上手い。あと可愛い。これ重要。