第13話「……ここって本当は魔法使えない部ですよね?」
「ふふっ」
奥から含み笑いが聞こえたので反射的にそちらを見る。ゴスロリさん(仮称)がティーカップ片手に柔らかに笑んでいた。
つい縋りたくなった、という訳ではもちろんないが、しかしまだ彼女の方が話が通じそうだったので、とりあえずコンタクトを取ってみることにした。
「……あの、貴方もここの部員ですよね?」
「おやおや、今度はボクに振るとはね。彼女では話が通じないと思ったのかもしれないけど、生憎ボクはキミの応対をする気はないよ。ちゃんとそこにいる部長さんと話をしたまえ」
「ロリ先輩、私も彼に対応するつもりはないのですが」
「ああ、そういえばキミは男嫌いだったねえ。でもそれは言いっこ無しだよ。こういう時こそ部長さんがなんとかしなくちゃいけないのさ」
「えー」
明らかに歓迎ムードじゃないことは肌で感じていたが、まさかここまで拒否されるとはな。というかゴスロリさん改めてロリ先輩さんがまさかの上級生(もっとも部長さんとやらが俺と同年代だったらの話だが)だったとは驚きだ。確かに彼女の見てくれは幼いけども、ねぇ?
「……仕方ないわね」
嫌そうに、ホント嫌そうに部長(暫定)が重い腰を上げた。見るからに億劫だと言わんばかりである。あれ、なんだか俺が悪いような気がしてきたぞ、おかしいな。
「お察しの通り、ここは『魔法使い部』の部室よ。それで? ポスターには女子部員募集中と書いた覚えがあるのだけれど、間違っていたかしら、主に貴方の人生が。それとも私達が落ちこぼれだからってわざわざ嘲りに来たのかしら? だとしたらご苦労様。そんなに人生に暇があるなら将来は社畜にでもなったらどう? きっとニートに転職したくなることでしょうね」
「うん、清々しいまでの毒舌だね恐れ入った。キミの前では鬼も裸足で逃げ出してしまいそうだよ。惜しむらくは彼が嗜虐趣味を恐らく持ち合わせてはいないことだろうかな。見たまえよ件の彼を。ほら、怪訝な表情を浮かべているね、かわいそうに」
「ロリ先輩はどっちの味方なんですか?」
「うん? もちろん部長であるキミに決まっているじゃないか。愚問だよ、愚問。ただまあ、さっきの台詞にはちょっぴり引いたけども」
「……実は私、紅茶を飲んでいる人を見かけるとついお節介でミルクやジャムをこれでもかと入れたくなるのですが、どうでしょう?」
「おや、それは殊勝な心がけだね、いやはや歓心寒心。この際だからぶっちゃけるが基本的に人間の好き嫌いをしないと自負するボクだけどもね、これだけは絶対に許せないという人種がいるんだよ。例えば紅茶にミルクとかジャムといった不要物を入れる人間とかね」
「そんなの知ってますよ。だからこそ余計にやってみたくなるんじゃないですか。人の口に戸を立てられないのと同じで、やるなと言われればやってしまうのが人間心理というものです。ちなみに私は天の邪鬼の生まれ変わりと自負していますので悪しからず」
「ふふん、面白いね。やれるものならやってみるといい。ただしその時はキミの靴にこっそりとティーパックを忍び込ませて消臭しておくから覚悟するといいさ」
「地味に精神的ダメージを受けるので止めてください。ロリ先輩のせいで靴の中にガビョウを仕込まれた過去を思いだしました。自分で思っていたよりもトラウマになっているようです。泣いてもいいでしょうか」
なんだか俺が口ごもっている間に蚊帳の外へと追いやられてしまったようだ。
しかしながら説明を一つさせてもらうのであれば、別に部長さんの辛辣な言葉に叩けば叩くほど脆く崩れる俺のビスケットハートが蹂躙された、という訳ではない。
この程度で精神を病むほど俺もメンタルは弱くはないし、どちらかというとつい先日クラスメートから言われた「不景気ってさ、なんかモアイ像みたいな顔してるよねー」の方がグサリときたね。やかましい。お前らモアイ像知ってんのかよとも思った。
俺が口ごもったのは、ただ彼女が言い放ったとある虚偽を問いただそうかどうか迷っている間にあれよあれよと部員同士でコントを始めてしまったからであり、部外者である俺はどのタイミングで話を切り出せばいいか分からなかっただけだ。
こういう時はライトノベルみたいに「ええいままよ!」と突貫するべきなのだろうか。想像してみる。
『ええいままよ!』
『ええい邪魔よ!』
……いや、ないな普通にしよう。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「変態は消毒よ」
なんでだよ! いきなり話が飛躍してるよな、なんて定型の突っ込みはなしとして。
たぶん彼女は俺にスリーサイズなどを聞かれると思って言葉を選択したのだろうが、それは被害妄想と言わざるを得ない。
俺が質問したいのは、何のことはないただの部活動名についてだった。
なので相手を無視して言葉を続けることにする。
そういえば不良って無視されるとよく「ちっ、シカトかよ」って捨て台詞吐くよな。あれって照れ隠しだろうか?
「……ここって本当は魔法使えない部ですよね?」
次の瞬間、空気がピリリと肌を刺すものに変わった。