第12話「右隣トイレなんですけど」
ゴォーンゴォーン。
音色を擬声語で表すとこんな感じのチャイムが校舎内にこだまする。個室の中にいてもよく反響する力強さ。鳴動が凄い。たっぷり三秒間も鳴り響き、そして唐突に止む。
……昼休みも終わりか。
暇をもて余していたつもりだったが、回想に耽っていたために意外と終わるのが早かったな。
待ち望んだことであると同時に憂鬱にさせるその合図は、しかしこちらの心情など何処吹く風ならぬ鐘である。
「またあの視線に囲まれるのか」
意図せずため息がこぼれた。これから数分先の未来を想像するなり、俺の腹はキュルルルと不様にがなる。ストレスフリーを目指したい今日この頃だが、生憎そうもいかなそうだ。
さてと、五限目は魔法学だ。移動教室かもしれないのでとっととここを出よう。
弁当箱を手に立ち上がるときょろきょろと辺りの気配を探り、誰もいないことを確認。個室から抜けるとぱっぱと手を洗い、そしてようやっとトイレを脱出する。
ここが教室棟とはまるっきり正反対の位置にあるのも理由の一つだろうが、それでも廊下はしんと静まり返っていた。先程まではちらほらと他の生徒らの声が聞こえていたものの、既に移動したようだ。
……これで動きやすくなった。
まさか異世界で人目を憚りながら廊下を歩く日々になろうとは思いもしなかった。
しかし実際はこうして曲がり角から突然現れる生徒の気配を探ったり、あるいは目立たないようクラスメートからやや遅れて行動したりと、見るからに挙動不審で職質上等な要注意人物を演じなければならないため気苦労は絶えない。なので自らを忍者か密偵に思うことにした。そうするとあら不思議、今までの行動が全て怪しくなくなる。ような気がした。
ともあれ、足早にうら寂しい廊下を突き進む。そういえばライトノベルで床を描写する場合ほぼ確実といっていいほど『リノリウムの床』という表現になるが、あれは何故だろうか。
「……ん?」
なんてつまらないことを考えながら歩いていると、ふと壁に貼られた紙が目に留まった。
部活動勧誘のポスターだ。
手書きであり、手描きでもある。
達筆……といえなくもない文字と並んで踊るのは、これは擁護のしようがない満場一致で下手くそなイラストだ。
恐らく人間を描いたであろうそのイラストは、精神を病んだ人が描いたような異様さを放っている。
隣に貼られたポスターがえらく霞んで見えるぞ。もちろん悪い意味で。
しかも女子部員募集中という字面が指すのは、つまりそういうことなんだろう。
いや、意味は分かるけど。
けれどもそんなことはどうでもいいので今は触れない。
重要なのは内容ではなく、この部の名前だ。
俺の目に留まったのは『魔法使い部』というただその一文だった。
◆
放課後、俺はある場所へ向かっていた。
昼間見つけた部に入部するためだ。
ポスターにて部室の位置を確認すると、あまりに校舎が広いため四つに区分された内の一区画、西棟にあることが分かった。
そこから数十分程度かけて歩き(本来ならば簡易な転移魔法を使うものらしい)へとへとになりながらもなんとかその部の門戸を叩くことが出来た。
「……誰かしら?」
扉越しに声がかけられる。凍てついた氷を連想させる女子生徒の冷めた声だ。
「入部希望で来たんですけど」
途端に返事が途絶えた。少し待っても扉は開かれる気配がなかったので、鍵もかかってないことだから勝手にお邪魔することにした。
からりと扉を開け放つと、まず最初に五、六人は囲っても問題なさそうな丸テーブルが目についた。
部室の広さはそこそこで、特に狭苦しさを覚えることはない。
備品は必要最低限という感じで、他にはパイプ椅子がちらほらと見受けられた。
部室には女子生徒が二人いた。
一人は……学校に通うにしてはちと奇抜な服装だ。
所謂ゴスロリというやつだろうか、着るにも脱ぐにも困窮しそうな三重フリル付き黒ドレスと、レースであしらった黒のヘッドドレスを着用している。
黒紫の髪は今流行りのゆるふわ巻きにされており、童顔な顔つきも相まって西洋人形を思わせた。
もう一人は先程から俺に敵意のような視線を送ってきていた。こちらはちゃんと制服を着用しているものの、ゴスロリ女子のおかげで心なしか違って見える。
腰まで届く黒髪は櫛で何度も丁寧に梳かれたかのようにどこまでも真一文字。
制服を着崩した様子もなし、そんなわけで見た目は清楚であるものの、しかし冷たく刺すような瞳が彼女の印象を位置付ける最たるものだろう。
辺り一面に敵愾心を撒き散らす面構えがちょっとばかし怖い。
けれども尻込みしてはいられない。
よし、行こう。
「入部希望なんですけど」
部室に足を踏み入れてからもう一度言う。
さっきはたまたま聞こえなかった可能性がある。
「…………」
返事がない。某ゲーム的にはその後に『ただのしかばねのようだ』と続けるべきだろうが、しかし目の前の女子は生きてるわけで。
つまりよほどの難聴じゃない限り、俺の声は聞こえているはずだ。意図的に無視している場合はその限りではないが。
「あの」
「——帰りなさい」
にべもなく告げられた言葉に一瞬気圧されそうになった。けれども、帰れと言われて「はいそうですか」とすごすご引き下がるわけにもいかない。
「部員募集のポスターを見て来たんですけど」
「部屋を間違えているわよ」
「いや部室ですよね、ここ?」
「えらく不躾ね。違うわ、ここは部室風デザインを取り入れた最新鋭の物置よ」
「でも外に部活動名が書かれたネームプレートが貼ってありますよね?」
「ああ、それは右隣の『ご近所トラ部る』が嫌がらせをしたみたい」
「右隣トイレなんですけど」
「あいつらトイレを不法占拠するような不届きものだから」
「その設定はちょっと無理ありすぎじゃあ……」
「そう」
「うん」
「…………」
「…………」
「部屋を間違えているわよ」
「話がループしちゃった!?」
だ、駄目だ。なんかこの人駄目だ。話が通じないというより、そもそも話を聞く気がない。
くそ、俺は別に見知らぬ女子と漫才をしに来たんじゃないんだぞ。