村長の話
リノは食事をすませると、食器の載ったトレーを、部屋の外に置いてあったサーバーカートに乗せに行った。
えーと、たぶんこうしておけばいいのよね?
今まで、こういう民宿のような宿屋に泊まったことがないので勝手がわからない。ましてやここは異世界だ、なにが正解かわからなくてまごついてしまう。
ふと顔を上げると、開け放たれた廊下の窓の向こうに、小ぶりのヒマワリのような黄色い花が、ユラユラと風に揺れていた。少し雲が出てきたのか、傾きかけた夏の日差しがようやくやわらいできたようだ。
「おう、飯はすんだか?」
突然、声をかけられて驚いたが、ゴンゾ村長が廊下の奥の方からのっそりとやってきたところだった。
「はい、ごちそうさまでした。お腹が空いてたので、ものすごく美味しかったです」
「ハハ、そうか。口にあったのなら何よりだ。それじゃあ、これからの話をしたいんだがいいか?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
ドキドキするが、村長さんの態度を見ていると、ひどいことにはなりそうがない気がする。
よし、気合を入れて交渉しなくっちゃ。
再び、二人はリノの部屋の応接セットに座った。
村長から、この国での異世界人事情についての説明を受けながら、リノの今後のことについての話し合いが始まった。
「まず言っておくが、ここバンデロール王国では、王都の外務部に異世界人係が設けられている。ここから東の方にオータムという町があるんだが、そこの領事館で手続きが済み次第、王都に向かってもらうことになる」
「は? バンデ……?」
「バンデロール王国だ」
「あれ? マンキ国じゃないんですか?」
「グッ、そこからかよ。まったく、ネコルのやつは何を説明したんだか。えっとだな、西にあるマンキ国は元々サル人族が起こした小さな国で、ネコルやわしみたいな種族が多く住んでいるんだ。この辺りはバンデロール王国でも西の端っこになるから、昔からマンキ国とは親戚づきあいのような関係でな、互いの国を行ったり来たりしている者も多いんだ。ただ、一応の国境はあるぞ。隣のフュータ村の西の山がそれにあたる」
へぇー、そうだったんだ。マンキ国の名前しか聞いてなかったから、てっきりこの国の名前だと思ってたよ。
「こっちのバンデロール王国は、アサヤ系の人族が中心となって建国した国になる。リノさんじゃったか?お嬢さんのような見た目の人族だな」
ああ、それでステータスの人種のところに、アサヤ系異世界人と書いてあったのね。
「よくわかりました。ということは、王都に行くとアサヤ系の人たちが多く住んでいるということですか?」
「うん、そういうことになるな」
なるほど。
○○人族という言葉は聞き慣れていないので、リノの頭の中では出会った異世界の人たちは「手長ザルさん(ネコル)」「ぽんぽこタヌキさん(ラクー)」「ニホンザルさん(レオナ)」「迫力ゴリラさん(ゴンゾ村長)」「ちんまりアライグマさん(トメばあさん)」って感じで変換されていて、アフリカかどこかの野生の王国に迷い込んだような気がしていた。
この世界にも、地球人のような見かけの人がいるんだな。
うん、それはとても嬉しいことかもしれない。少なくとも身の置き場がないような、疎外感を感じることはなくなるかも。
ゴンゾ村長からは、当座の衣服や食事、旅行費などは、オータム領から費用が出るので、心配することはないと言われた。
これは助かる! 本当にありがたい。
ただ長期的な生活費は、王都の異世界人係の指導のもと、自分で稼がなくてはならないだろうとも言われた。
だよね、わかってた。異世界人係なんていう、ツッコミどころ満載の係の人がいるだけ、まだマシな待遇かもしれない。
リノは高校三年生だ。大学に進学する予定もあり、まだまだ親の脛を齧っていても許されるお年頃だったが、自分の意志や将来設計など斟酌されることなく、突然、見知らぬ異世界へ、たった一人で放り込まれてしまった。
理不尽だ……そう言って泣きわめきたい気持ちもあるが、そんなことをしたからといって、今のこの境遇が変わることなどありえない。
とにかく喫緊の課題、衣食と住?は確保できた。
目の前にぶら下がっていた大きな憂いはなくなったともいえる。
これはいい結果だったと喜べる状況ではないかな?
こうなったら腹を決めて、とことんこの世界を楽しむ!しかないでしょう。