異世界ご飯
リノが泊まる予定の部屋は、六畳の間ほどの広さだった。
全体がカントリー調のインテリアでしつらえられていて、パッチワークのベッドカバーがかかったシングルベッドと、小さな机に椅子が二脚ある簡素な応接セットがあった。
部屋の隅には木の枠に花柄のカーテンが吊るしてあるだけの洋服ダンス?のようなものもあるが、リノにはそこにしまう荷物がない。
この部屋にも出窓に鉢植えの花が置いてあって、おばあさんのおもてなしの気持ちを感じることができた。
「さて、食事がくるまで、そこに座ってこちらに来ることになったいきさつを聞かせてくれるか?」
「はい」
花柄の椅子に窮屈そうに腰かけた村長の向かいに座り、リノはボート遊びをしている最中に、この世界に転移されたんじゃないかと思う、と話し始めた。
リノが持っている<収納>や<地図>スキルのことは驚いていたけれど、ネコルに出会ったくだりになると、その対応に、ゴンゾは盛大に顔をしかめていた。
「ゴホン、ありがとう、だいたい経緯についてはわかった。前回、出会いヶ浜に異世界人が現れたのは、今から50年以上前のことになるんだ」
「えっ? そんなに前のことなんですか?!」
「ああ、その異世界人はまだ存命だよ。ほとんど王都で暮らしておられたが、二、三年ほど前にフュータ村に帰ってこられた。そこが彼、ピエールさんの始まりの村なんだ」
『ピエール……日本人じゃない』
「ん?」
「いえ、役場で異世界人の登録をされているようだったので、もっと頻繫に異世界人が来ているのかと思ってたんです」
「ハハハ、そんなに簡単に界渡りはできないだろう。どういう仕組みかわしらにはわからんがね。ただ、この世界には何十年かに一度、異世界人がやって来る。お嬢さんの前に来たのは、北のノホーク国だったかな。こちらは女性だったらしい」
リノはどう考えたらいいのかわからなくなっていた。
こんな見知らぬ世界に飛ばされて、今は自分のことだけで精一杯だ。この世界の異世界人事情のことなんか、どうでもいい。
けれど、こんな話を聞かされると、同じような不安を抱えてこの地でなんとか生きている同胞たちに、やはり興味を持ってしまう。
ただ、異世界人は日本人限定、と思い込んでしまっていたことは反省だ。
リノがよく読んでいたラノベでは、だいたい10代~30代ぐらいの日本人が、よく異世界転移してたからね。
そんなことを考えていたら、廊下からゴトゴトと重たいものを押してくる音が聞こえてきた。そしてすぐ、トントンとドアを叩く音がした。
「ご飯ですよ。ドアを開けてもいいかしら」
「お、飯がきたようだな。わしは席を外すから、ゆっくり食べたらいい」
ゴンゾ村長はスッと席を立ち上がると、サーバーカートから食事が載せられている重たそうなトレーを軽々と持ち上げ、トメばあさんの代わりにリノが座っている所まで運んできてくれた。
紳士だ。意外~。
そのトレーには、油紙の上にホカホカと湯気が立っている出来立てのミートパイ、いびつな形をした陶器のマグに野菜スープ、木のボールにサラダ、といった少し豪華めの軽食が載っていた。
備前焼のような土肌がそのまま生かされている湯呑に飲み物が入っていたので、一口飲んでみると、薄荷のようなスッとした香りがした。味は薄いほうじ茶のような、いやルイボスティーのような感じかな。温かいお茶だったので、空っぽだった胃に温かさが染み入り、五臓六腑にそのぬくもりが広がっていくのがわかった。
「あ゛あぁ-、美味しい」
こんな美味しいお茶を飲んだことがない。
お茶を飲んだだけで、もうリノは泣きそうだった。
ミートパイには、ニンジンらしきものや、タマネギらしきもの、何かのひき肉が入っていて、塩と胡椒だけではなく、コンソメの味もした!
旨味があるとは驚きだ。これは、異世界料理に期待ができるのかもしれない。
そして、サラダには油を乳化させたっぽいドレッシングがかかっていた。
……泡だて器か、かくはん機がある! それに生野菜が食べられるということは、水が豊富なんだね。
うちのばあばが言ってたことを思い出す。
「昔は肥しをやってた畑の野菜をそのまま食べてたから、みんなお腹に回虫が住んでて、よくお尻がムズムズしたもんさ。昭和も中頃を過ぎた頃かねぇ、学校で虫下しの薬を飲まされて、虫の卵のことをどうこう言うようになったのは」
生野菜、大丈夫だよね。
そういえば<異世界人パック>に<環境適応>スキルがあった。
「ん、無問題。食べちゃえ」
大胆である。そして決断が速い。さすがリノというかなんというか。
野菜サラダはシャキシャキして新鮮で美味しかった。
レタスも三種類ぐらい入っていて、トマトらしきもの、それにキュウリらしきものがドレッシングの中で角切りになって和えられているっぽい。少し入っていたタマネギらしきものの薄切りが、よい味のアクセントになっていた。
そして、野菜スープを飲んだ時に驚いた。
微かにカレーの味がしたのだ。
「香辛料が普通にある……」
異世界といえば、香辛料がバカ高いっていうのが定番じゃないのぉー?!
何度目かの異世界間ギャップを感じた。特に、この香辛料には衝撃を受けた。
でも、そういえばネコルにもらったあのアジはみりん干しだと言っていた。
調味料に、日本由来のものがあるということだ。
これも異世界人が、何十年かごとにこの世界に転移してきている影響なのかなぁ。
異世界チートはできないかもしれない。そうなると、どんな仕事をして、お金を稼ぐべきか……
お腹がくちくなって生命の危機を脱したリノは、今度は生活費のことを考え始めたのだった。