トリナ村
道中、なだらかな丘や坂などはあったが、トリナ村は街道沿いにあったので、あまり苦労することなく昼前には村に着いてしまった。
村の柵の前には、広いキャンプ場が設けられていて、旅人はそこに泊まるようになっているらしい。
村の人たちが広場の横で、簡易の店を開いていて、村で採れた野菜や猟師が狩ってきた獣の肉などを旅人に販売していた。
「へー、こんな風になってるんだね。肉も売ってるから、いざという時は買うこともできるんだ。あ、あの商人の人たちが野菜や肉を買ってるよ。どうする、兄貴。うちらも買っちゃう?」
村人が営んでいる露店で、何人かの旅人が買い物を楽しんでいる。その隣では村の女の人が二人、鍋でスープを作って売っているらしく、若い冒険者が列に並んで、自前のマグカップにスープを注いでもらい、10バル鉄貨を払っていた。
「なるほど、持ってきたパンとあのスープがあったら、昼飯になるな。……うーん、でももうちょっと生活が安定するまでは、倹約しよう。リノ、スープを作っといてくれ。俺は、さっき見た川で魚を二、三匹釣ってくるわ」
「ふふ、兄貴ならそう言うんじゃないかと思ってたよ。オッケー、じゃあここで昼食にして、食べてからうちに転移だね」
「ああ、できたらこの村を通り過ぎて、人気のないところに転移場所を設定した方がいいな」
「了解。んじゃ、私はあそこの木陰にいるね」
「ああ、任せた」
ミノルが川へ魚を釣りに行ったので、リノは涼し気な木陰を陣取り、地面をスコップで少しだけ掘り下げると、収納に入れていた河原の石をその周りに並べ、簡易かまどとキッチンを作っていった。
「よし、机と椅子も出して……と。ん、テーブルを出すと野菜を切るのも楽だな~」
鍋には水を入れてきていたので、かまどの火が安定したら鍋を火にかけ、次々に切った野菜を放り込むだけなので簡単だ。
トケケ鳥の燻製をちょっぴり、出汁に使ってみよう。どんな味になるかな?
あとは、ニンジンとカボチャを入れて、玉ねぎ……いや玉ねぎはいろいろ使えるからとっておこう。後、半個しかないからね。ハスミさんに貰った白ネギが三本あるから、こっちを一本使っちゃおう。
かまどにくべる木や草は、我が家に侵入していた木や庭に生えていた草を乾燥させたものなので、拾いに行く労力がいらないし、庭のゴミも少なくなる。
こういうのを一石二鳥っていうんだな。
リノがみそ汁を作っている様子を、若い三人組の冒険者が昼飯を食べながらチラチラ見ていた。
それはリノもわかっていたが、何も言ってこなかったので、知らないふりをしていた。
けれど食事が終わると、三人が揃って立ち上がって、リノの方へやって来た。
うわ、めんどくさい。結界を強化しとくか。
リノが警戒度を上げた時、一番に小男が声をかけてきた。
「ねぇちゃん、その棒、どうやって使ってんの? すげー、器用なんだけど……」
棒? あ、お箸のことか。
「おいポート、聞くのはそこじゃないだろう。あんた、収納持ちなのか? それなら俺らのチームに入らないか? 俺ら三人とも、ここのトリナ村出身で、これからオータムの町に行って冒険者になるつもりなんだけど。あ、俺の名前はダンっていうんだ。一応、リーダーをやってる」
なんだ、勧誘か。ちょっと、安心?
「あ、さっきの彼氏も一緒でかまわないよ。五人ぐらいだと、ちょうどいい人数になるしね。僕はサミー、剣士だ。ちなみにポートが斥候で、ダンは盾役になる」
リーダーのダンというアサヤ系の赤毛の男は、盾役というくらいなので、身体つきががっしりしている。小男のポートは、何かの動物の血が入っているのだろう、毛に覆われた三角の耳が灰色の髪の中からチラリと覗いている。最後に話しかけてきた剣士のサミーは、巻き毛が似合いそうな栗色の髪をしていて、ガリガリに痩せているアサヤ系人だ。
この人、あんな細い腕で、腰につけているいやにお金がかかってそうな大きな剣が振れるんだろうか?
まぁそれは置いといて、「彼氏」は訂正しとかないとね。
「さっき川に釣りに行ったのは、彼氏じゃなくて兄です」
リノがそう言うと、リーダーのダンが口を挟もうとしたが、リノはそれをさえぎって話を続けた。
「それとお誘いはありがたいんですが、私たちはこれから王都に行くところなので、オータムで冒険者活動はできません。すみませんが、勧誘はお断りします」
きっぱりとしたリノの断りの言葉に、三人は目を見合わせて、がっくりと肩を落とした。
「あーそうか、残念。ちょっと期待してたんだけどなぁ」
「だから言ったろ、ダン。昼頃にこの村に来る人間は、オータムから来た人が多いんだよ」
なんだかちょっとかわいそうになってきたので、リノは一言添えてあげた。
「私もオータムで冒険者登録をしたので、人の紹介はできますよ。ギルドでお世話になってたのは、サル人族のサワさん。いい人ですよ。武器屋はヤマジさんとこがいいと思う。隣の靴屋さんは親切だし、古着屋のオタケさんとこには安い服があるから便利だし」
「え、え、ちょっと待って。君の名前と一緒に、もう一度、今、言った名前を教えてくれる?」
剣士のサミーが懐からメモ帳と鉛筆を出して尋ねてきたので、もう一度名前を教えてあげた。
どうやらリーダーのダンはとにかく突き進むタイプで、チームのフォローは全部、剣士のサミーが請け負っているっぽい。斥候のポートは、マイペースでこういうことには頼りにならなそうだし。
まぁ、こういうのもバランスが取れていると言っていいのかもしれない。
リノが男に囲まれていたからか、少し気色ばんだミノルがこの場に闖入してこなければ、もう少し話せたのだが、鼻息の荒いミノルに蹴散らされて、彼らも渋々と引き下がっていった。
「ったく、ちょっと目を離したすきにいくらでも男が湧いて出てくるな、異世界ってぇのはよ」
「まあまあ、悪い子たちではなかったよ。ただの勧誘だって」
「ふん、男なんて考えることはみんな一緒さ」
何が一緒なのかは知らないが、ミノルが釣ってきた魚を焼きながら、リノは気が立った兄をなだめ続けたのだった。




