side ミノル 秘密基地計画
男なら、「拠点」とか「自分の家」とかというワードに心惹かれない奴はいないだろう。
その上「遺産」だの「古民家」とくると、宝探し臭がプンプンしてくる。
今回、ゴンゾ村長が提示してくれたタイドという人が残した土地は、森と高原と湖に囲まれた自然豊かな場所だった。単にど田舎とも言い換えられるが、ミノルにとってよく似た土地を知っているので、あまり違和感はない。ミノルの祖母の実家が周囲に人家がない山の中にあった。
よくばあばが笑い話で言っていた。
「山を下りようと道を車で走っていたら、曲がり角に珍しく対向車が見えたので、車をかわせる場所で止まって待っていたら、それは車じゃなくて飛行機だった」
そんな人里離れた高い山の中に住んでいたのだが、ミノルは墓参りに連れて行ってもらっていたその古い農家が好きだった。
子どもにとって、夏休みの虫捕りに困らない深い山は魅力的だったし、縁側で食べるスイカや渓谷に舞う蛍など、ばあばの実家には思い出も多い。
秋には栗拾いやブドウ狩りにも行っていたし、大叔父さんがよく松茸山から山盛りのマツタケを持ってきてくれていた。
冬休みにはソリを持って行って、坂でソリ遊びもした。
春は畑のイチゴを採らしてもらって、腹いっぱい食べ、お腹を壊したこともある。
自分の家がある海沿いの村の暮らしも好きだったが、人間というものはよその生活がよく見えるものである。妹のリノが、大きくなったら森の中に住みたいと言っていたが、ミノルにもその気持ちが少し理解できるところもあった。
魔法が使えるというのは、自由自在に扱える工具や武器を、自分の手にしたのと変わらない。
妹のリノが使っているように、感覚だけであんな風に魔法を使えるのかはわからないが、さっき、ハスミさんを助けるために【身体強化】を使った時、その万能感に驚いた。
魔法があれば、周りに人がいない環境の中でも、充分快適に生きていけるような気がする。
と思っていたミノルだったが、目の前に現れた廃墟を見て、自分たちがした選択を後悔しそうになった。
庭らしき場所には人の背丈ほどもある草が生い茂り、その草の隙間からおぼろげに見えている建屋の玄関の場所がどこなのかさえ、わからない。
「うわー、おばけ屋敷だー!」
隣にいたリノは、どこかの女の子のように目を輝かせて喜んでいる。
相変わらずメンタルの強い妹である。
ここに来るまでのことだが、ゴンゾ村長が、ミノルに村に住むにあたっての決まり事の説明をしてくれた。
「年一回の夏の草刈り奉仕がある、秋に村祭りがある、今年の地代は村長が収めているのでいらないが、来年からは村に年1000バルの地代を納めてほしいこと、人頭税はオータム領に払うので、落ち着いたら二人分、700バル×2人分=1400バル払ってほしいこと」
など、もろもろのそんな話をしている間に、妹はハスミさんと一緒にさっきまでいた家に行き、野菜やベーコン、昨日獲れた川魚などの食料をもらってきた。
転移魔法があるので、ハスミの家に行くまで、そして村役場まで戻ってくるまでの時間は、かからない。
ちょうど、村長の話が済んだ時に、リノとハスミは戻ってきた。
ミノルから村への地代と領へ納める人頭税の話を聞いたリノは、「夏からだから半年分ね」と、地代の半分の500バルと、二人分の人頭税の、1400バル、計1900バルをサッサと村長に払ってしまった。
ミノルは自分の持ち金が、異世界人保護基金の一部金である2000バル-人頭税の700バル=1300バルになったことで、酷い不安に襲われたし、村長もすぐに1900バルもの大金を渡してきたリノに困惑していた。本人に言わせると「後から払うと言っていたら、忘れてしまう」らしいが、なんとも豪胆な妹である。
その後、村長にここの建物の鍵をもらい、雨が小降りになってきたのを幸いに、ここまで二人で歩いて来たのだが……この惨状。
正直、「鍵って、必要?」状態だった。
けれど、リノはすぐに【ウィンドカッター】で家正面にある草を刈り、【ウィンディホルダー】で草を集めると、あっという間に建屋へ歩いていけるようにしてしまった。
なるほど、出会いヶ浜でリノに会った時、街道まで出る小道がいやに綺麗だったのは、こういう仕組みだったのか。
ミノルは感心しながらリノの後について、古民家に歩いて行った。
けれど近づくにつれ、不安になる。
「おい、あの木って、窓をぶち破って家の中に入ってるんじゃね?」
「アハハ、ここって最高にハードモードみたいね。さっき、家の裏に竹藪が見えたから、そっちもどうなってるのか見てくる」
そう言って、リノは家の屋根を超え、飛んでいった。
ここに今日、泊まれるのか?
ミノルは不安でいっぱいだった。
折しも夏の陽は森の向こうへ傾き始め、薄闇が森の木の影となり西の方から迫ってきている。
「兄貴~、裏口の辺りも竹に侵略されてるよー!」
何がそんなに楽しいのか、リノは笑いながら空から戻って来た。
ミノルの側に降り立ったリノは、「夏なんだから、雨露さえしのげたらいいのよ。私にお任せあれ【クリーン】」と魔法を唱えようとしたのだが、リノの右手からどこか懐かしい「ピコンピコン」という警報音が聞こえ始め、クリーン魔法は発動しなかった。
「ありゃりゃ、魔力切れかぁ」
「なんだそれ?」
「魔力量が少なくなったら警報を鳴らして教えてくれる【ウルトラ痕】よ。……あー、あと10か。クリーンは魔力量を食うんだな」
ステータスを調べてみたのだろう。リノはそう言ってため息をついた。
リノが教えてくれたことによると、魔力が枯渇することによる魔力酔いは、もう二度と経験したくないほど酷いものらしく、こういう事前対策をとっていたのだという。
しかし、いくら男兄弟が多いと言っても、リノの、この色気のなさはどうしたらいいのだろう。
警報を連想するにしても、ウルトラではなく、魔法少女あたりにできないものだろうか。
ミノルはさすが、リノの兄だけあって、思考回路が似ている。
問題はそこではなかろう、と他の人だったら、彼らにそう言い聞かせることだろう。




