出立準備 3
騎士団の誰もがリノを恐れ、使い物にならなかったので、短剣の扱い方は、ブラン副官が直々に指導してくれることになった。
「そう、どの方向から敵が来ても対応できるように足を動かして……はい、右! ようし、いいですよー。今の刃の立て方はよかった。でも、まだまだ手に力が入ってる。緩く握って、インパクトの時に力を入れるんです。そう、そんな感じ。リノさんは、思い切りがいいから、剣を扱うのに向いているかもしれませんね」
「ハァハァ、あ、ありがとうございます」
ブラン副官は、見た目通り、サドだった。リノの体力はさっきからゴリゴリ削られている。
ラウル君が羨ましそうにリノを見ているが、いつ代わってくれてもいいんだよ。
初心者にするにはいささか厳しい特訓が終わり、騎士課を辞したリノは、足をもつれさせながら職人街へ向かっていた。
「ったく、あの人、完璧主義者なんだから。だいたい、私は騎士団の新人騎士じゃないっつーの」
ブラン副官にブツブツ文句を言っているリノだが、感謝もしている。
短剣への忌避感というか苦手意識が減った気がする。
後は、慣れ、なんだよねぇ。
剣で魔獣や人が切れるだろうか……それは、その時になってみなければわからない。
相変わらずのたくさんの古着の下をくぐり、オタケの店に入ったリノは、おネエの嬌声に出迎えられた。
「んまぁ! リノちゃんじゃない。ほらぁ、あたしの勧めた勝負下着、ご利益があったでしょ!」
「いや、オタケさん。勝負下着って、そういう意味で使わないんじゃ」
「あらあら、じゃあどういう時に使うのかしらぁ?」
わかって言ってるよ、このマントヒヒ。
ニヤニヤしている赤ら顔が憎たらしい。
「それで、一躍有名人になったリノさんは、今度はどんな服が欲しいのかしらん?」
リノは諦めのため息をついて、王都へ向かう旅に出るつもりだと言った。
「それで洗い替え用のシャツとズボン、それに下着もお願いします」
「そうねぇ、旅に出るんなら雨具も必要でしょ。それにオシャレな服も一着ぐらい持ってないと」
報奨金が出たことを知っているのか、オタケの選び方に、前回のような逡巡がない。
あちこちの服の山から、パパッと必要なものを抜き出すと、リノの前にずらずらと並べていく。
前よりちょっといいシャツ 50バル、カッコイイジーンズ 100バル、若草物語のようなイエロー色のドレス 200バル、ドレスに似合う麦わら帽子 200バル、ガーターベルト付きストッキング(新品) 500バル、ビッグフロッグの皮で出来た雨具 200バル、新品の下着(パンティ 200バル、シュミーズ 150バル、靴下 250バル)
以上で、計1850バル。
所持金34800バル-古着屋オタケ1850バル=残金32950バル+オータム領からの報奨金
って、感じ。
「それから、隣の靴屋に寄って買い物していきなさいね。このドレスに合う皮のサンダルを頼んでおいたから」
「……どうして私がこういうドレスを欲しいって、わかったんですか?」
オタケさんは、エスパーか? センガル村の宿屋で、宿泊客の着ている服を羨ましいと思ったけれど、オタケさんにはそのことを話してはいないハズだ。
「前に来た時にチラチラ見てたドレスがあったじゃない。あの色はあなたには似合わないから、アタシが似合う色のドレスを選んでおいてあげたのよん」
おお、すごい。このおネエさんは、できる女?だ。
客のニーズを察知して、また来た時のために準備までしておく。こういう店は、向こうの世界でもそうはない。
リノはプロの仕事を見た気がして、ひどく感心した。
この店がオータムで有名なのは、ただの物珍しさじゃなくて、本物の服屋のプロがいるからなんだな。
そして「隣の靴屋」もプロだった。
リノが前回、買った靴のサイズを覚えていて、オタケさんちのドレスに合わせたサンダルを用意してくれていた。
靴は、客がサイズを測ってから作ってもらう、オーダーメイドになっているので、こうやって事前に作っておいてくれるとすぐに買えるのでありがたい。
「うわぁ、サイズもピッタリ! それに踵もちょっと低めだから歩きやすい。こういうの、欲しかったんです」
リノがサンダルを履いて喜んでいると、靴屋さんも嬉しそうだった。
「喜んでもらえてよかったよ。あの子はまた買い物に来るから、ってオタケさんが言ってたけど、当たったね。あの人は、こういう勘が鋭いから」
オタケネエさん……。
その後、家具屋に行って、テーブルと椅子を買い、食料品以外の旅行準備が整った。
所持金32950バル-隣の靴屋・皮のサンダル1700バル-家具屋(テーブル1500バル、椅子1800バル)=27950バル+まだ確認していないオータム領報奨金
これが現在の所持金になる。
明日は、旅立てるかな~。
それより、今日はどこで寝ようか。ホテルもいいけど、今の私に似合うのは、やっぱり子熊の宿かな。
※ ep.39 出立準備2 のレトのセリフで大ポカをやらかしていましたので、改稿しています。
蛇足……これは私事なので、書こうかどうしようか迷いましたが、私の作品を読んでくださっている方はコアな読者が多そうなので、話しておきます。
この話を書こうと思ったのは、うちの孫4リノ(六歳)がぐっすりと寝込むことが多くなった秋の日のことです。なろうで読むものがなくなったので、仕方なく異世界ものでも書こうか、と思い書き始めた時、主人公の名前をどうするか、と考え、なんの気なしに「リノ」を使ったのです。
この物語が始まって何日も経たないうちに、現実世界の「リノ」は、入院してしまいました。
症状はもう最終局面で、今後は終末医療になっていくと思われます。
三週間以上、両親は交代で病院に泊まり込んでいましたし、その間、三歳の幼稚園児、孫6のムッタと一歳の孫7のセブンをじいじと二人で守りをしていたのです。
ムッタは幼稚園で風邪をもらってきて、ばあばとセブンにうつしてくれたので、三人で熱を出すしパニック状態でした。そんな家庭環境の中で、よくここまで書き続けられたものです。(;'∀')
でも、あまり無理がなく文章が浮かんでくるんですよね、これは不思議です。
リノがもう半分、あっちの世界に行って物語のリノと一緒に旅をしているのかなぁ、とも思ってしまいます。
今回、ポカをやったのは、38度以上の高熱でフラフラしているのに、何話か前を読み返さずに投稿したのが原因です。(笑)
私はこういうことをまた必ずやります。←変な自信
でも、落ち着いたら必ず推敲しますので、緩い目で読んでいただけるとありがたいです。




