騎士課
領事館の東側にある広場、そこが騎士団の訓練場になっているらしく、騎士課がある建物はそっちの方まで張り出していた。
ブラン副官がリノを案内してきた部屋の窓から、その訓練場がよく見え、「おー、いち、に、さん、し……」とむさくるしい男たちの掛け声が聞こえてくる。
放課後の運動部の部活状態だね、朝だけど。
ガキーンガキーンという金属音は、剣を合わせている音らしく、こんなに大きな音がするのかとリノはびっくりした。
ブラン副官は、会議室の机と椅子を移動させて、リノと面談する準備をしてくれた。
リノとしては、報奨金をもらって、ハイさようなら、のつもりだったので、ブランに面談をさせてほしいと言われ、少々身構えている。
「すみません、お待たせしました。こちらに座ってお待ちください。今、お茶を頼んできますので」
「はぁ」
いったいなんの話があるのだろう。
部屋を出ていくブランの背中を見ながら、リノはため息を吐いた。
会議室に戻ってきたブランは、結構な厚さの書類を持ってきた。
リノがそれをうんざりした顔で見上げると、ブランは申し訳なさそうに微笑んでリノの前に座った。
「お忙しいところ、お時間をいただいてしまってすみません。昨日、パッソルさんからの報告があって調べたんですが、『弓使いのダズル』が関わっていたことがわかり、上層部が騒然となっているんですよ。それで、リノさんにも討伐の詳しいあらましをお聞きしたくて、こちらにご足労いただいた次第です」
弓使いのダズル? 誰、それ?
弓使いっていうぐらいだから、……ああ、最初に川の向こうでパッソルさんたちを狙ってた人か。
「私はこの世界に来てまだ三、四日ですから二つ名があるような人は、どなたも知りません。でも、川の向こうから、弓を構えてパッソルさんを狙っていた人は見ました。上から見たので顔はわかりませんが、背が高くて、手足が長い人……だったような」
「それです! やっぱりあのダズルだ。でも、上からって、リノさんはその時、木にのぼっていたんですか?」
「いいえ、【飛翔】で空を飛んでたんですよ」
「は、飛んで?!」
ブランがえらく驚いている。
「あれ?パッソルさんは、伝えてませんでしたか。私、あの時は、河原でお昼ご飯にしようと思って、森の方から飛んできてたんです。それで、川向こうの森から、男の人が出てきて、すぐに弓を構えて人を狙ったものですから、パッソルさんたちに『危ない』って、警告して、弓を構えてた人を【ストーンバレット】で撃ったんですが、初めてだったので、外してしまって……」
「ストーンバレット??」
「でも、矢のスジはブレたみたいで、パッソルさんたちに当たらなくてよかったです」
リノか話し終わると、ブランはずっと見開いていた目を閉じ、机に肘をついていた手で髪をかき上げると、そのままその手で額を抱えながら頭を振った。
そして呆れたような声を出し、リノに質問してきた。
「ええっと、ちょっと予想外というか、予想以上というか……パッソルさんから聞いていたリノさんの魔法と、今、説明してもらった魔法が違うんですよ」
「え、どこが違うんですか? パッソルさんは何て?」
「パッソルさんは、リノさんの魔法が風魔法だと思ったようです。そのストーンバレットとはなんですか?」
今度はリノが驚いた。ストーンバレットなんか、基本魔法じゃないのぉ?
「石礫を弾丸、えーと、高速で飛ばす魔法です。こっちの世界にはないんですか?」
「……つまり、土と風を併用する高難度魔法なんですね。リノさんは異世界から来られたそうですが、リノさんの世界は魔法が発達しているんですねぇ」
あれー、なんかもっと話がズレてる。
「私はピエールさんと同じ星から来たんです。あっちの世界に、魔法なんかありませんよ」
「はぁ? なんで魔法がない世界から来られたのに、そんな魔法を使えるんですか?」
「えっと、ラノベのせい? どう言ったら伝わるんだろう。アニメ、ゲーム、漫画、本、……とにかく、魔法が出てくる読み物や動画がたくさんあるんですよ。そのせいで、知ってるっていうか、うん」
「魔法のない世界なのに、そんな文化があるんですね。不思議な世界だ」
イケメンにしみじみと感心されると、リノとしてもどうしてなのか改めて考えてしまう。
ホント、おかしな国だね、日本って。
ブランは、「さて、……」と前置きを入れながら、リノに肝心なことを聞いてきた。
「それで、リノさん、その後で13人もの盗賊と乱戦になったそうですが、斃した盗賊の中に『弓使いのダズル』はいましたか?」
「へー、13人もいたんですね。後を片付けてくれたのはパッソルさんだったので、私はよくわかりません。あ、そういえば最後に私を捕まえに来た盗賊が一人いました」
「それがダズルでしたか?!」
ブランが身を乗り出してくるが、リノはその盗賊の臭いにおいと嫌な手の感触しか覚えていない。
「すみません。その人は後ろから羽交い絞めにしてきたので、顔を見ていないんです。それに、【神の雷】で一瞬で灰になっちゃって……」
「か、神の雷……」
仕方ないよねぇ。




