後援者
ピエールと夕食を食べながら話をしているうちに、この世界にたどり着いた時の話になった。
「私はまだ子どもだったから、誰もいない見たこともない砂浜にボートで流れ着いて、とても怖かったのを覚えているよ。泣きながら、沈んでいく太陽を追いかけていくうちに、フュータ村に着いてね、そこの漁師の夫婦に拾ってもらって、十五の歳になるまで育ててもらったんだ。今は、また、その家に帰っているんだよ」
聞いていると十歳のピエール少年が気の毒になってくる。そうしてみると、私は十七歳になっていただけ、まだマシだったのかな。
「それは大変でしたね。私も水着で裸足のまま、バナナボートに乗ってこっちに来ちゃったから、最初はどうしていいかわかりませんでした。でも、ネコルに会い、センガル村にたどり着いた時、ピエールさんが創ってくださった異世界人保護基金に助けられたんです。ピエールさん、本当にありがとうございました。助かりました」
リノが礼を言うと、ピエールは嬉しそうに顔をほころばせた。
「それは良かった。そういえば、そんなものを創ったことがあったね。あれは会社が上手くいくようになって、少し懐に余裕ができた頃に立ち上げたんだよ。すっかり忘れていたけど、まだ運用されているようでよかったよ」
「レトさんが、その立ち上げの頃に一緒に関わられたんでしょ」
「レト?」
「領事館の総務課の、少し早口に熱心に話をされる人です。アサヤ系で、四十才前後ぐらいの歳になるのかな」
「ああ、あの子か。領事館の下働きをしていた小さな少年がいたよ。そう、今でもあそこで働いているのか。懐かしいな」
あら、ピエールさんにとっては、あの異世界人保護基金も、片手間に作った過去の遺物だったのね。
「しかしリノさんは、ほとんど裸一貫でこの世界に来て、保護基金っていっても、あれは確か一か月の生活費の想定が当時のままだったら、2000バルほどだったと思うんだが。そんな少ない資金で、ここに来てほんの何日かの間に、盗賊退治までできるほどになるんだから、たいしたもんだ。私なんか、この世界に来て何日かは泣いてばかりだったよ。だって、人が全然いなくて、周り中がサルばかりだったからね」
なるほど、ピエールさんにとっては、猿の惑星に流れ着いた感じだったのね。
その点、リノはラノベ世代だったので、そういうところの違和感は少なかった。
「バナナボートのおかげかしら。ここに着いたばかりの時、あのボートの持ち運びを考えた時に、<収納>に気が付いて、そこから<ステータス>、<地図>とすぐに魔法を使えるようになりましたから」
「え?! そんなに早く魔法に気づけたの? 僕なんか、育て親が話した貴族の話を聞いて、何かの拍子にステータスを開けるようになったんだと思う。だから、何年も後だよ」
昔の話をしていると、ピエールも子どもの頃に戻るようで、口調が生き生きしてきた。
「ちょっと考えたんだけどね、リノさんは後援者としての私なら受け入れてくれるかい? ほら、『あしながおじさん』という小説にもあっただろう。あ、リノさんの世代だと知らないかな」
「『あしながおじさん』は知ってますよ。世界的にも、あしなが育英会とかいって、チャリティーの標語のような使われ方をしてます。そうですね、そういう意味では、ピエールさんはもう、私の後援者です。保護基金がなかったら、私もこうして冒険者にもなれませんでしたし」
「そうか、あの異世界人保護基金を立ち上げた時の、昔の自分に感謝する時がくるとはなぁ。リノさん、あの物語の主人公のように、たまに思い出した時にでも、私に便りをくれないかい? 移動先の冒険者ギルドに託けてくれれば、私の元に手紙が届くようにしておくから。どうかな?」
自分の一方的な押し付けにはならないように、どの程度の申し入れをしたらいいのか、これからのリノとの付き合い方を、ピエールは探っているのだろう。
リノとしても、まったく知り合いのいないこの世界で、ある程度の文化を同じくするピエールとの付き合いは、願ってもないことだ。
こういう感じなら、互いに依存し過ぎない良い関係が築けるかもしれない。
「それは、私にとっても楽しみになるご提案かもしれませんね。はい、ぜひ手紙を送らせてください」
「いやぁ、よかった。これも断られるかもしれないとドキドキしたよ。そうと決まれば、ミストの坊主によく言い聞かせておかなくちゃ」
「ミストって、あのギルド長の?」
「ああ、あいつは生意気なやつでね。鼻っ柱を折ってやるために、ここのオータム伯爵と一緒に企んで、冒険者の組織に放り込んだんだ」
……あの、ヤのつく迫力を持つ、強面の犬のおまわりさんが、ピエールさんにかかると、まるではなたれ小僧扱いだ。
ぷぷっ、ちょっと笑えてしまう。




