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バナナボートで異世界へ  作者: 秋野 木星
第一章 異世界転移
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故郷

ホテルにチェックインしてみたら、一泊、500バルだった。

フロントの人に、ピエールさんがホテル代を支払うことになっていると言われたが、断って自分で払うことにした。

だって、異世界人保護基金のお金も、ほぼピエールさんが出していると思われる。そうなると、もらいすぎでしょう。お返しが大変じゃん。




帰ってきたら、部屋に来るように言われていたので、ホテル代のことも含めて、話をしておくことにした。


「305号室、ここか。トントン、リノです、帰りました」


リノがドアをノックすると、中からすぐに返事があった。


「お帰り。ドアは開いてるから入っておいで」


「はーい。失礼しまーす」


部屋の中に入ってみて驚いた。世界が違う。

ピエールさんが「転移者は貴族待遇」だと言っていた意味がよくわかった。


部屋のインテリアに、領事館のトトマス男爵の執務室に入った時のような貴族的な匂いがプンプンする。まず、ホテルの部屋なのに、部屋の中にベッドがない。豪奢な応接セットのそばに、王様が座るような背もたれが高い猫足の椅子があり、ピエールさんはそこにゆったりと腰かけて、フットチェアに両足をのせていた。

南側に面した掃き出し窓は開け放たれており、広いベランダに置かれた鉢植えの木陰越しに、涼やかな風が部屋に入ってきている。

奥には寝室につながっているのだろう、ドアが二つ見えるので、この部屋は二人以上の人が泊まることを想定してつくられていることがわかる。


ここ、一泊、いくらぐらいするのかな。

リノはつい、下世話なことを考えてしまった。


「そんなところに立っていないで、ここにお座りなさい」


部屋に入ってきたまま立ち尽くしているリノを見て、ピエールが声をかけた。

リノも言われるがまま、ピエールの側にある応接ソファに、おずおずと腰を下ろす。


「すごい部屋で驚きました。こういう部屋はテレビでしか見たことがなかったので」


「ハハ、ここは私が来た時だけ泊まれるようにしているプライベートルームなんだよ。このホテルは、私が出資していてね。元の世界にもあったようなホテルを創ってみたかったんだ」


あ、そういえば、この人はもともと貴族だったわ。

最初から感覚が私とは違ったのね。



そんなピエールだから、ホテルの宿泊代一つに、リノが何を心配しているのかがわからなかったらしい。それでもリノとしては筋を通したいので、何かしてもらえるのなら「夕食をおごってほしい」と頼んだ。


「そうか、リノさんは独立心が強い人なんだね。じゃあ、私のこのお願いも断られるのかな」


「なんですか?」


「リノさん、私にはこの世界に家族がいない。私はね、ここで結婚して家庭を持つのが怖かった。いつ何時、また、あちらの世界に飛ばされるかもしれない。そう思うと大切な人をつくれなかったんだ」


あー、それでか。

ギンおばあさんも不思議がってたけど、そういう考えがあったのね。


「歳をとって、こういう財産があっても残していく人が誰もいないことに気づいた時、自分が若い時にした選択を悔いたよ。それで思いついたのが、同じ境遇、同じ星から来た同胞を探すことだった。あちこち捜し歩いたけれど、どこにもアースから来た人がいなかったんだ。それだけじゃない、本当はアースなんていう星はどこにもありはしないんじゃないか、自分は何か大きな勘違いをしていて、自分なんてもとから存在していないんじゃないか……なんてね。そんなことをずっと考えていたら、おかしくなってしまって、仕事も何もかも捨てて、どこかに行ってしまいたくなっていたんだ」


アイデンティティの崩壊というには生易しすぎる、ピエールの心の叫びが聞こえるようだった。


「リノさん、私の命を懸けてお願いする。私の後継者に、いや、私をこの世界に(とど)める(いかり)になってほしい」


うわー、きた。話の流れからなんとなく想像してたけど、重い、重たい。

だって、ピエールさんの命や生きてきた人生のすべてを()けられちゃ、若干(じゃっかん)十七才歳の女の子に受け止めきれるわけないっしょ。


こういう時、リノは即答する。

考えすぎると、ピエールの思いに引きずり込まれそうだというのもあるが、感覚の瞬発力で生きているリノにとって、難しい問題ほど、簡単に結論を出す。


「ピエールさんの思いはよくわかりました。でも、私は母星を同じくする同胞であっても、ピエールさんとはまったく別の境遇で育った別人なんです。そんな風に言われて、ハイそうですかと頷けません。だって価値観とか、世代的な考えとか全然違うと思うし。でもそうですねぇ、そう言われるだけじゃピエールさんは納得できませんよね。では、こうしましょう。今、ピエールさんが持っている私のバナナボートをピエールさんに預けます! これは、すごいことなんですよー。だって、そのバナナボートは、私と元の世界を繋ぐ『依り代』なんですから」


自信満々に「依り代」なんて言ってはいるが、リノにしても本気で信じているわけではない。でも、怪しい新興宗教の押し付けのような、そのリノの提案は、ピエールを爆笑させるのに充分なものがあったようだ。


「ハッハッハ、バナナボートですか。私が人質にと(さら)ってきて正解でしたね」



そして、ピエールはしみじみと言った。


「このバナナボートは、私とあなたの『故郷』に、なってくれるのかも知れませんね」

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