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バナナボートで異世界へ  作者: 秋野 木星
第一章 異世界転移
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ナスカ茶房

アポイントメントのないピエールさんは後回しだな。

まずは仕事、優先だ。


リノは、レトと食事に行ったレストランの前を通り、表通りをまだ東に進んでいた。


「あそこかな?」


埃よけの暖簾(のれん)にしているのだろう、戸口の前に軒の下から大きな布が垂らして張ってあり、布の両端は重石の石で地面に固定されている店があった。


近くに行くと、やはり暖簾に「ナスカ茶房」と書いてある。

なんか京都にでもあるような店だ。


リノは大暖簾をくぐり店の間口を(また)いだ。


「こんにちは~」


店に入ると、日に照らされた表通りとは違い、夏に日本家屋に入った時のようなひんやりとした空気に出迎えられた。目が薄暗がりに慣れる間もなく、店の奥からすぐに返答があった。


「いらっしゃいませ。ちょっと待っておくれやす。すぐに出ていきますさかいに」


店の中は、低い台座の上に茶箱がこれでもかと並べられており、この店が手広く商売をやっているだろうことが(うかが)えた。


しばらくして奥から出てきたのは、白いキツネ顔の中年女性だった。


「お待たせしてしもうて、えろうすみません。ちょっとばかし取り込んでおりまして」


「あの、お忙しい所すみません。私、冒険者ギルドでこちらの依頼を受けた者なんですが」


リノがそう言うと、キツネのおかみさんは顔をほころばせた。


「まぁ、そうでしたん? ビワの葉ですね、この夏はなかなか、ええもんが入らへんで、難儀しとったんですぅ。これで、待ってはったお客さんに、言い訳がたちますわぁ。お世話をかけました」


リノは、喜ぶおかみさんに促されて、言われる場所にビワの葉が入った麻袋を置いた。

麻袋がリノの<収納>から出てきたことに、少し驚きを見せたおかみさんだったが、すぐに気を取り直して麻袋の口を開け、ビワの葉の良い状態を確かめると、これ以上ないくらいに顔をほころばせた。


「ほんに、おおきに。助かりました」


「あ、もう一つあるんですよ。これです、トーリエの葉なんですけど」


リノがトーリエの葉を二枚おかみさんに渡すと、おかみさんは手のひらの上のトーリエの葉を凝視して固まった。


「あのぅ、大丈夫ですか? 一枚じゃなくて二枚になりましたけど……」


サルのお姉さん、サワさんには問題ないと言われていたものの、依頼票には一枚とあったので、少し心配だ。


「お、お客はん、これをどこで?!」


「あー、それはそのぉ……」


リノが言いよどむと、おかみさんはハッとして引き下がった。


「えろう、すんません。冒険者さんのおまんまの種を聞いてはおえまへんなぁ。私が悪うございました。ただ、うちの子が長いこと肺をわずろうておりましてな、この葉をずっと探しとったんどすぅ」


なるほど、このトーリエの葉は、抗生物質のような働きをするんだね。


「それは、探してこれて良かったです。私はこれで失礼しますので、早いとこお子さんに煎じてあげてください」


「お客はん、本当に、本当にありがとうございました」


キツネのおかみさんは、手をすり合わせるようにリノのことを拝んで送り出してくれた。


いやー、よかった。

人助けができて、自分の懐も温かくなる。ギルドでも喜んでくれた。三方よしじゃん。


ばあばがよく言っていた、人は、「相手・自分・社会」三方が揃って良いと思える「三方よし」の行動をした時に徳が積めると。兄貴と二人で悪さをして叱られた時に、ばあばに低い脅し声で「おてんとさんが見とるよ~」と言われると、ちょっとゾッとしたものだ。

両親に理詰めで説教されるより、ばあばのその一言が身に染みたような気がする。




リノがいい気分で表通りを戻っていると、前方からとんでもない勢いで赤茶色の塊がすっ飛んできて、リノの前で急ブレーキをかけて止まった。


「おいコラ、この失礼オンナ、いったいオイラをどんだけ走らせたら気が済むんだよ!」


ハアハア息を切らせて、頭ごなしに文句をつけているのは、懐かし?の第一村人、ネコルだった。


「あら、何の用かしら? ネコルさん。別にあなたと何か約束してはいないでしょ」


「ったく、オイラはピエールさんに頼まれて、お前を探してたんだよっ!」


「そんなの、知らないし」


そんなことはネコルの勝手である。ピエールとも、リノは会う約束などしていない。

まあ、どこに行っても同じ異世界人だということで、よく耳にする名前ではあったので、いずれお目にかかるかもしれないとは思っていたが。


どうやら、相手の方は、リノを探してでも会いたかったようだ。




ネコルによると、「よそ者」を見かけた、というネコルの言葉を聞いた途端、ピエールはオータムの領事館に来る支度を始めたそうだ。

すぐにこの町へ転移するつもりだったのに、フュータ村の人たちに引き留められて、いろいろと諭されていたらしい。


「ピエールさんは、異世界人に期待し過ぎなんだよ。前も遠くのノホークくんだりまで遥々(はるばる)訪ねて行って、同じ星の人じゃなかったらしくて、長いこと落ち込んでたらしいんだ。落ち込み過ぎて病気になって、村に帰って来たんだってさ」


ん? ネコルが今、おかしなことを言ったぞ。


「同じ星って、何? いろんな星から転移者が来てるってこと?!」


「そうらしいぜ。宇宙とかいうおてんとさまには、たくさんの星があるんだってさ。あの小せぇ夜空の光一つ一つがこの星ぐらい大きいってんだから、驚きだよな」


いやいや、ネコルに宇宙論を聞いてるんじゃないんだけど。


「ちなみに、リノさんが来た星は、なんていう名だ?」


「『地球』よ。ピエールさんは?」


「チキュウ? ああ、やっぱり村長が心配した通りだ。アースじゃないわ」


「アース?! それって、私の国とは違う国だけど、自分たちが住んでいる星のことを、そう呼んでる国もあるわよ」


リノがそう言うと、ネコルはとんでもなく高く飛び上がった。


「イヤッホー!! ホントか? 本当だったら、ピエールさん、すっげぇ喜ぶぞ」



それからのネコルは強引だった。「はやく来い!」とリノを引っ張ったり後押ししたりと、大騒ぎだ。


あんたねぇ、同じ異世界人なのに、私への態度とえらく違うんですけど……。



とにかく、リノはネコルに()われて無理やりにピエールが泊まっているというホテルに連れてこられたのだった。

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