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バナナボートで異世界へ  作者: 秋野 木星
第一章 異世界転移
24/60

試行錯誤

豊かになった収納と、寂しくなった懐の両方を抱えて、リノは宿に戻ってきた。


真っ直ぐ自分の部屋へ向かうと、さっきと同じようにすぐにドアに鍵をかけ、薄汚れたベッドに腰を落ち着ける。


この部屋は、子熊の宿の二号室という半公共的なものではあるが、今夜はリノの自室でもある。

部屋ではくつろいで過ごしたいし、それに自宅にいるような安らぎも得たい。


それを実現するために、魔法を使ってみる。


リノは目の前に迫る壁のシミを見ながら、夜道を大急ぎで歩いてきたことで上がっていた息を整え、静かに目をつむった。

そして、イマジネーションを膨らませながら、自分に言い聞かせていく。


想像をめぐらせろ。部屋中がきれいになった結果を思い描け。


よし……最初に光魔法で【クリーン】を使ってみるよ。



道々考えてきた魔法を、早速、試すことから始めたリノ。いったいどういうことになるのだろうか。



「ノミも虱も埃や雑菌も、すべてこの部屋から失せよ、クリーン!」


リノが心から念じ、魔法を唱えると、まばゆい光が瞬く間に部屋中を満たし、光の粒の奔流(ほんりゅう)は窓をも超えて夜空にまで届いた。


その夜、オータムの町の一室が、歴史上稀にみる聖なる光に清められたのだった。




「おー、部屋の中の空気まで清々しくなった気がする」


よく見ると、壁にあったシミまで消えている。

座っていたベッドの布団も手で触るとサラサラしていた。


魔法ってすごいなぁ。



リノは単純に感動していたが、【クリーン】は中級魔法の中でも上級に近いものなので、ギリ低級魔法になる【ライト】と比べ、倍近くの魔力を持っていかれたことになる。




なんか布団もきれいになっちゃった。こうなると別に買わなくてもよかったのか?

でも、これから先のことを考えると、マイ布団の方が安眠できそうだし……。


リノは、宿屋の布団を折り畳み、部屋の隅に積み上げると、<収納>から、買ってきたばかりの自分の布団を出して敷いた。


うわー、気持ちいい。


新しい布団を見ると、寝ころんでゴロゴロしたくなるよね。

リノはひとしきり新品のパリッとした布団やシーツの感触を堪能したことで、これから先のことが思いやられて、少々落ち込んでしまっていた気持ちが、ようやく落ち着いてきたように思えた。


やっぱり、マイ布団を買ってよかった。うん、絶対に正解だったよ。



さて、お次はお風呂に、洗濯タイムといきますか。


水を張ったままのタライを、まるごと収納にしまえるだろうか? まずは、コップでやってみて、検証だな。


そんなことを考えながら、リノは部屋を出て、裏庭の井戸までやって来た。


ところが、井戸の側には、先客がいた。


ゲっ、男の人がいる。


自前の洗面器なのだろう。さっき見た時は無かった洗面器を使い、ジャブジャブと勢いよく顔を洗っていたその人は、タオルでガサツに顔を拭き、そのタオルを首に引っ掛けると、今度は服を脱ぐためにシャツのボタンに手をかけようとしていた。

その時、そこに女の子がやってきたのが目に入ったらしい。


相手も、リノの方を見たままフリーズしていた。


「あ、すみません。後にします」


「あ、ああ……」


すぐに(きびす)を返して、部屋に戻ってきたリノは、非常に気まずい思いを抱えていた。


やべ~、痴女だと思われたかな。

でもこれは異世界の宿システムの欠点だと思うんだけど。

そーだそーだ、私は悪くないもん。


動悸をおさめるために、リノは自己弁護をして完結したらしい。

もう一方の被害者?はというと、こちらも通常営業に戻ったようだ。


普段見たこともない変な光が、裏庭を昼間のように照らすと、その光が瞬く間に空に駆け上っていくのを見た男は、なんだか今夜は薄気味の悪い夜だと思っていた。サッサと水浴びをして部屋に帰って寝るつもりだったのに、服を脱ごうとしたところに、今度は真っ赤な服を着たおかしな聖女の登場だ。


本当に今日はとことん変な日だぜ、と一人愚痴ると、水浴びの続きをすることにしたようだ。



この男、突然登場してしまったが、いったいどこの誰かはわからない。

また縁があったら、会えることだろう。




あれから、リノは宿中の物音を聞くために神経を研ぎ澄ませていた。

けれど人が井戸の側にいるかどうかなんて、すぐにわからない。


結局、宿のみんなが寝静まった真夜中に、コソコソと泥棒のように忍んで行って、タライとバケツとコップに、井戸から水を汲み入れ、そのまま収納にしまい込んで部屋に戻って来たのだった。


水を張ったままの状態で、容器を収納にしまえた。それ自体は朗報だったが、水を汲むだけでこんなに疲れるとは思わなかった。


明日からは、人がいない昼間のうちに水だけでも汲んでおこう、と心に誓ったリノだった。

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