冒険者とは
リノを受け付けの隣の部屋に引きずってきたおっさんは、ボロい机の側にリノを座らせると、どこかから椅子を持ってきて、すぐ前にドカリと腰を下ろした。
「俺はここのギルド長をやってるミストっつう者だ」
なんと、犬のおまわりさんは、ギルド長だったのです。
「私は、リノといいます。昨日、この世界にやって来た異世界人です」
「なんだと、異世界人-?!」
ギルド長が、リノの服装をよく思っていないことはわかっていたので、出鼻をくじくために、青年の主張ではないが、異世界人の主張をかましてやった。
驚いてる驚いてる。
ザマ―見ろ。こちとら好き好んでこんな服装をしてたんじゃないんだよっ。
しばらく固まっていたギルド長は、やっと声を出せるようになったらしい。
「な、なんで異世界人がこんなところに……」
「この服を見ればわかるでしょう。お金がないから稼いで、服や靴を買いたいんです。私だって、ちゃんとした服や武器を揃えて冒険者になりたいとは思ってるんですよ。でも海で遊んでて、そのままこっちに来ちゃったものだから、荷物も何も持ってなかったし、先立つものだってなかったんです!」
「お、おう」
「お話は以上でよろしいでしょうか。私は、これからお姉さん方に仕事の報告もありますし、領事館でお金をもらったので、買い物にも行きたいし、宿屋も決めなくちゃならないんで」
「お、おお……いや待て、ちょっと待ってくれ」
「もう、なんですか?」
「いや、悪かった。見た目で決めつけて判断して、悪かったよ。そういう事情だったんなら仕方がない。ただ、冒険者をなめるなよ。時として、命を張って戦わなくちゃならんこともある。装備は店の者にしっかり相談して、初心者用の物の中でもより良いものを、よーく選んで買うんだな。なんせ、自分の命を守るものだ。そこは倹約なんかしちゃあなんねえぞ」
「……わかりました」
へぇ、ただの乱暴者じゃなくて、こういうとこはちゃんとギルド長なんだ、
とことん失礼なリノである。
サルのお姉さんが受付にいなかったので、事情を知っているアサヤ系のお姉さんにトイレ掃除のあらましを報告しておいた。
「明日も……」と言いかけたお姉さんを遮って、賃金の60バルを受け取ると、リノはサッサとギルドを後にした。
リノと入れ替わりに、大荷物を抱えた何人かの男どもがギルドに入っていったので、これから夕方の混雑期になるのだろう。町を行く冒険者たちの服装や装備をチラチラ見ながら、リノは職人通りを歩いて行った。
これで所持金が、120+60で、180バルに回復。その上に基金の21000バルを足して、21180バルだね。
まずは服と靴だ。
今、着ているこの赤いワンピースとサンダルは、宿に泊まった時の部屋着にするしかないな。
「お、古着屋がある」
職人通りにある服屋は、表通りで見たおしゃれな店とは違い、ごついズボンや上着、職人用のエプロンなど、ワークマンが着る服が並んでいた。
そんな中でも、店の前にも吊るしの服をこれでもかと並べている古着屋が、ひときわ異彩を放っていた。
へー、思ったよりきれい。匂いもあまりしないな。これなら古着でもいいかもしれない。
入ってみるか。
「こんちは~」
すれ違うのが困難なぐらいの服がかかっている入口から店に入ると、そこにはぽっかりと空いた空間があり、店の間の上がり框に腰を掛けてお茶を飲んでいるアサヤ系のごついおじさんと、その隣に店主なのだろうかマントヒヒ、いやサル人族のお姐さんがいた。
「あら、可愛いお嬢ちゃんね。それなのにまた、酷い服を着てるわねぇ」
低く響く声なのに、この喋り口調。
この人はお姐さんじゃなくて、おネエさんだ。
「えっと、もう少しマシな服を見繕ってもらおうと思ってここに来ました。冒険者家業をしたいですし、旅に出たいとも思ってます。何かそんな目的に合うような古着があったらお願いします」
「予算は?」
「なるべく安く、かつ丈夫なものを」
「まぁ、若い子のくせに枯れてるわねぇ」
おネエさんが、フームとひとしきり考え込んだ後に出してきたのは、こんな服だった。
「これはポケットの多い裏起毛のアウトドアジャケットで、380バル。丈夫なだけが取り柄の無地のシャツ、20バル。これもダサいけど丈夫なジーンズ生地のズボン、40バル。そしてマウントリザードの皮を使ったキャップ帽が、850バル。しめて、1290バルねー」
うっ、さすがに古着だと安い。でも、最後の野球帽みたいなキャップが飛びぬけて高い。
どうしよう。
リノが何に悩んでいるのか分かったのか、おネエさんは静かにお茶を飲んでいたおじさんに話を振った。
「冒険者用のヘッドアーマーを買ったらもっと高いわよねぇ、ヤマジさん」
「嬢ちゃん、金に困ってんのなら、それを買っとけ。そのマウントリザードの帽子は、新品を買ったら何千バルもするしろもんだ。よほどの大物に挑まない限り、普通の森の中なら充分頭を守ってくれる」
「ほらぁ、武器屋のオヤジが太鼓判を押してくれてるじゃない」
この大柄なおじさんは、武器屋さんだったらしい。
「わかりました、じゃあこれを全部、買います」
「毎度あり~。ちなみに下着や靴下もあるわよ。こっちは古着ってわけにはいかないから、ちょっとお高くなっちゃうけど」
さすがおネエさん、目の付け所がいい。
手荷物を何も持ってないリノを見て、カモにすることに決めたようだ。
「ヤマジさん、お茶を飲み終わったんなら店に帰って、この子の初心者用セットを見繕ってあげなさいよ。体力がなさそうだから、軽くて動きやすいのがいいわ」
「そうだな。嬢ちゃん、うちはここの二軒先だ。ちなみにすぐ隣は靴屋だから、この三軒で欲しいものは全部揃うぞ」
なるほどぉ、そういうシステムになってるんですね。
でも、ウロウロするより便利っちゃあ便利だな。お言葉に甘えて頼みますか。
ヤマジさんが腰を上げて帰った後、「乙女の秘密なんだから、あんなごついおっさんがいたら、ゆっくり下着なんか買えないわよねぇ」などと言いながら、店主が下着や靴下を並べてくれたのだが。
この人もどう見ても男だよね? と、ひどく疑問に思ったリノだった。




