ステータス
砂浜に鎮座する巨大なバナナボートにもたれかかり座り込んでいた莉乃は、目の前にある薄暗い林を見ながら考え込んでいた。
これって、どう見てもジャングルよね。
なんか蛇でも出てきそう。
莉乃が着ているのは半袖、半パンの上下が分かれている水着である。セパレートタイプの「水着」というより、ウエットスーツよりの素材なので、着替えが望めそうもない今となってはマシと言えばそう言えるのだけど、さすがに半袖半パンで虫の多そうな林に踏み込んでいくほど、莉乃は無謀ではない。
砂浜をずーっと歩いて行ったら、いずれは河口にぶつかるよね。川のそばには人が住む町があるかもしれない。
ずっとここに座ってるわけにもいかないんだしさ。
莉乃のお腹がクゥと小さな音をたてて、わびしそうに泣いた。
「お腹すいたー」
泳いだ後は腹が減る。
これ、万民共通のことわりなり。
でも、こいつをどーするよ。
莉乃は砂浜から立ち上がってお尻の砂を払うと、陽の光を吸い込んで熱くなった強化ビニール素材の黄色い大きな塊を見てため息を吐いた。
バナナボートをここに置いていきたくはない。
どこか知らない世界に自分は来てしまったのかもしれない、そんな心細い不安を抱えている莉乃にとって、この大きな黄色の塊は、ここと元の世界を繋ぐ依り代のような存在に思えるのだ。
こういう時に、異世界おなじみの「収納」が使えたりすると便利なんだけど……。
莉乃がそう思った時、目の前に漆黒の異空間が現れた。
漆黒の闇は莉乃のお腹の前辺りにある空間を、四角い箱のような形に切り取っている。
『ほら早くこのポシェットに、そこの大きなバナナを入れてくださいよ』そんな風に莉乃に促している気すらしてくる絶妙の位置に、それはプカリと浮かんでいた。
「マジっすか……」
これ、異世界転移、決定じゃね?
莉乃が信じ込もうとしていた「兄貴のボートが暴走して、いつもとは違う浜辺に来てしまった説」は、この漆黒のポシェットによって脆くも崩れ去った。
「はぁ~、ということは、こんなこともできちゃったりして」
<ステータス>
莉乃が念じると、目の前に半透明のウインドウが音もなく開いた。
名前 リノ
年齢 17歳
人種 アサヤ系異世界人
分類 女
体力 70
魔力 120
スキル 異世界人パック, 魔法全般対応
「……本当に、出た」
それもツッコミどころが満載の非常にザックリとしたステータスが……。
苗字が無くて、名前だけがカタカナ表記なんだ。それに、アサヤ系とは何ぞや?
体力と魔力ってさぁ、数値化できるの? またその数字も何が基準なのやら……。
それに、スキル。<異世界人パック>のとこが濃い色になってる。
何気なくそこをタッチすると、隠れていた文字の数が一気に増えた。
異世界人パック (鑑定, 収納, 全言語対応自動翻訳, 環境適応, 地図)
な、なるほど。
異世界に来て最低限必要なものが、全部揃ってる感じ?
ご親切にドーモアリガトウ、って言ったらいいのかな。でも、ここまでするぐらいならこんなところに連れてこないでほしいもんだ。
ま、でも、とにかくこれで、どっちに歩いて行ったらいいのかは、わかった。
<地図> オープン!
そう念じると、さっきまで出ていた<ステータス>画面が、今度は<地図>に切り替わる。
「ほぉ~、意外と広い」
横に長くて、海岸線が入り組んだ長方形の大陸が目の前に広がっている。
地図の下側を南と仮定するなら、大陸最南端にある細長い半島の突端に、自分は立っているのだろう。小さな点が、ピコピコと点滅している。
その点をポイントして、周りを親指と人差し指で広げてみると、思った通りズーム画面に切り替わった。
「へーほー、この地図って拡大縮小も対応してるんだね。あっ、西にも東にも集落があるみたい」
リノがいる砂浜が東西の集落のちょうど真ん中あたりに位置していて、どちらの集落も同じくらいの数の家が建っているようだ。ただ東の集落の家の方が少し大きく見える。
地図を東にスライドさせてみると、東の集落のさらに東に、大きな町があるようだった。
「これは東に向かった方がよさそうね」
よぉーし、食料を得るために、がんばるぞー!
リノは大きなバナナボートを異空間収納にしまい込むと、決意を込めた足取りで東の集落に向かって歩き始めた。