レトの事情
レトが連れてきてくれた店には、朝市で会ったおばさん、いや、お姉さんがいた。
リノが店番をしていた時に、最初にナスを買ってくれた女の人だ。あの時はスッピンだったが、今はけばけばしい濃い化粧をしている。
おばさんなんて言ったら、どつかれそうな感じだ。
「まぁ、今日はよく会うわね。あなたラクーさんとこの人じゃないの? なんで領事館の人と一緒にいるのかしら?」
「まあまあ、パメラさん。詮索の前に今日のおすすめ料理を持ってきてくださいよ」
「ハイハイ、後で聞かせてよ」
……後で何を聞かれるのやら。
田舎の漁師町で育ったリノは、こういう田舎ならではのご近所さんの詮索には慣れているが、ここバンデロール王国では、人と人の間の距離がより近いような気がする。
レトさんが取りなさなかったら、パメラさんは給仕をほっぽって、一緒にテーブルに座って話し込みそうだった。
レトと向かい合って窓際の席に座ったリノは、さっきまで朝市が開かれていた広場を眺めながら、ラクーさんは無事に森を抜けて帰れたかしら、などと考えていた。
そんなリノのぼんやりした様子を見ていたレトは、尊敬する異世界人、ピエールとのあまりの違いに、どう対応したらいいのか、自分を持て余していた。
「あの、リノさん。もしもし、聞こえてますか?」
「へ? ああ、もちろん聞こえてますよ。あのう、レトさん、私、お金を持っていないんですけど……」
今更なリノの言葉に、緊張していたレトも肩の力が抜けてきた。
「もちろん存じ上げてますよ。ここは僕のおごりです」
「ありがとうございます!」
にんまりと微笑むリノの顔を見て、この子は思っていたよりも若いのではないかとレトは感じた。
何しろ見た目は田舎のおばさんというか、個性的な年配の人が好んで着るような服を着ている。センガル村の担当者は、何を考えてこんな服を選んで着せたんだろう? まさか、あちらの世界から着てきた服がこれなのか?
「女性に歳を聞くのは失礼ですが、リノさんはおいくつですか?」
「17歳です。高校生なんですが、わかりませんよね」
「17だったんですか……高校生というのは、ハイスクールと言われている学校の学生?」
「おー、すごい。よくご存じですね、それです。 ハイスクールって、ピエールさんが伝えたんですかね」
尊敬するピエールの名前が出てきたので、レトは興に乗ってきた。
「ピエールさんは政治、経済、文化のみならず、バンデロール王国の教育制度にも影響を与えた偉人なんですよ! 特に大会社を立ち上げて、流通システムを構築したことは、歴史に残る偉業でして……」
「ハーイ、ストップ。お嬢ちゃん、ダメよ。この人にピエールさんの話題を振っちゃ。いつまででも喋り続けるんだからぁ。はい、今日のおすすめプレート。ゆっくり食べていってね」
パメラさんが、二人の前にお皿をドンっと置き、いたずらっぽく目をチカチカさせると、新たに入ってきたお客さんの対応をするために、モンローウォークで去っていった。
「おひょ、美味しそう~。いただきまーす」
お腹がすいていたリノは、すぐにフォークを手に持って食べ始めた。
ん、あれ? トメばあさんのとこで食べた味と違う。
美味しくないことはないけど、味が薄いというか、隠し味がないというか、どこか何かが足りないのだ。
ただ、量だけはたっぷりあった。
パンはすっぱくて硬い黒パン。こういうパンには、酸味のあるジャムが合うと思うのだけど、何も塗られていない。
ラクーさんのナスはよく煮込まれて美味しいけれど、トマトスープの味が物足りない。うん、もう少しコンソメを入れて、後はケチャップと砂糖で味を整えなきゃ。
付け合わせの野菜は、こういうメニューだと、さっぱりした生野菜サラダがいいのだが、ここのはおかしな味のマヨネーズがこれでもかと入っている油っこいものだった。
……ちょっと胸焼けしそう。
目の前のレトさんや他のお客さんを見ていると、みんなおいしそうに食べているので、これがこちらの世界のご馳走なのかもしれない。
うーん、トメばあさんの腕がすごいのか、町の人たちが味音痴なのか、どっちかだな。
でもありがたいことに、夕食がおにぎりだけでも良いと思える、十分な量だった。
「レトさん、ごちそうさまでした」
「どういたしまして。ここの飯は美味しいから、基金からお金が出たら、また食べに来るといいよ」
「そうですね」
おごってもらえるのだったら、にっこり笑ってそう返す。リノはできる女なのだ。
領事館に帰りながらレトさんが教えてくれたことによると、レトさんが仕事を始めたばかりの頃に、「異世界人保護基金」の立ち上げに関わっていたらしい。
それで「お金がない」と言ったリノの言葉がショックだったそうだ。
リノも考えてみて、思い当たることもあった。
おとなしく浜辺から村役場に行き、そのままおとなしく領事館に行く人だったらどうだろう。
それにリノのように水着ではなく、服を着たままボートとかに乗ってきた人だったらどうだろう。
レトさんに確かめてみると、ピエールさんは十歳の時にボート遊びをしていて、こちらの世界に来たことが分かった。
「やっぱりね。十歳の子どもだったら、大人の言うことを聞いて、おとなしく言われるがままついていくわ」
リノは、どうしたらいいのか悩み、考え過ぎたのだ。
それに、基金を立ち上げたのが何年も前のことだったのなら、物や宿屋の値段なんかも変わってくる。
「年ごとの見直しが必要だということですね」
レトさんは頭がいいので、リノの話を聞いて、すぐに対処方法を出していた。
頑張ってください。いずれまたやって来る、まだ見ぬ同胞のために。




