初仕事
引き続き、トイレの話ですみません。(;'∀')
冒険者になって初めての仕事がトイレ掃除かぁ。
リノは、一階の奥にあるトイレの前で、たそがれていた。
その時、男便所の方からでっぷりと太ったアサヤ系のおじさんが出てきて、リノの方を胡散臭げに眺めると咳ばらいを一つして歩いて行った。
ヤバい。ここにただ突っ立っていたら変な人だと思われそう。
頑張って、サッサと片づけますか。
リノは、ただ立っていただけではない。
どうやって掃除したら早くきれいに仕上げられるか、そんなことも考えてはいたのだ。
「よし、男便所には誰もいないな」
まずは、臭い消しに風魔法だね。窓を開けといて、と。
「いでよ、春風っ!」
リノの右手から発射された春一番が、トイレの中を吹き抜けた。
今は夏なんだけど……なんていうような野暮は言いっこなしである。ようは気分の問題だ。
次は、右手にブラシを持ち、左手からシャワワワーと水を噴出してみる。
「水魔法でござぁい」
まるで正月に観るテレビの水芸人のようだ。
シャワワワー、ゴシゴシ。ゴシゴシ、シャワワー。
「ふんふん、綺麗になって来た」
床にも水を撒いて、今度はデッキブラシで磨いていく。
シャッシャッ、ゴシゴシ。ゴシゴシ、シャッシャッ。
仕上げには、トイレ全体を雑巾で拭いてぇっと、「ふう~、出来上がり―!」
後はもう一度、春風を吹かせて室内を乾燥させて、うん、これで完成だね。
こんなことを、男女のトイレ×三階建て分、計六回やっていった。
さすがのリノもヘロヘロである。
総務課に戻ったリノは、レトさんに掃除後のトイレの状態を見てもらって、無事に確認のサインをもらうことができた。
「いいですねー。これで久しぶりに綺麗なトイレを使うことができますよ。できたらまた明日も来てくださいね」
「え、私はこれるかどうかわかりませんが、冒険者ギルドの方には、そのように伝えておきます」
いやだって、これだけの重労働が、一日、60バルなんだよ。せめて80、いや100バルは欲しいな。
ギルドのお姉さん方が言うには、一日、80バル×30日で、月に2400バルぐらいが、一般市民の平均的な月収になるらしい。週休二日制なんか、どこを探してもありはしない。
驚きだよね。
そのあたりを考えると、リノがセンガル村で貰った2000バルは、決して安くはない金額だったようだ。
あっという間になくなった気がするけど。
領事館にいるついでに、トトマス男爵に軍資金をもらっておこうと思い、レトさんに男爵のいる場所を尋ねたら、えらく驚かれた。
「どうしてあなたがトトマス男爵のことを知ってるんですか? あの方は、アポイントメントを持たない者には会いませんよ」
うーん、どうしよう。これ言ってもいいのかな。
「実は私、先日、出会いヶ浜に流れ着きまして、センガル村のゴンゾ村長に領事館のトトマス男爵を訪ねるように言われてきたんです」
トトマス男爵の名前を出したのは、ラクーさんだけどね。ま、これは方便ってことで。
リノの言い訳を聞いたレトさんは、目が点になっていた。
「出会いヶ浜……ということは、あなたは異世界人なんですか?!」
「どうもそうらしいです」
「なんで、どうして異世界人がトイレ掃除なんてしてるんです!?」
「どうしてって、言われても。端的に言うと、お金がないから、ですね」
レトさんはがっくりとうなだれた後、リノに向かって懇々と諭してきた。
「そういう異世界人を保護するために、先人のピエールさんが異世界人保護基金を創ったんじゃないですか! 国も協力して、何のためにそれを立ち上げたって思ってるんですか。冒険者ギルドなんかに行く前に、すぐに領事館へ来てくださいよ!」
……おっかねー。
「いや、流れでっていうか、懐の寂しさ具合につられてっていうか……なんというか、そのぉ、すみません」
「センガル村とフュータ村に当座の資金を多めに渡した方がよかったのか? いや、でも、何十年先にそれが必要になるかわからないし、その時の物価がどうなってるかによって……」
何だかブツブツと自省し始めたレトさんにおののいて、リノは声が掛けられなかった。
クゥ、キュルルルル
お腹がすいたなー。
そういえば、魔法を使ったらお腹がすく、っていうラノベの話もあったな。
仕事でたっぷり魔法を使ったし、今朝方、ラクーさんに、魔法の使いようをよく考えて自重するように、って叱られたっけ。
魔力残量でも調べとくか。
<ステータス>
名前 リノ
年齢 17歳
人種 アサヤ系異世界人
分類 女
体力 56/90
魔力 92/140
レベル 2
スキル 異世界人パック 8, 魔法全般対応 92
スキルポイント 78
あれ? あんまり減ってないように感じる。
ちょっと待てよ。レベルが「2」になってるじゃん!
魔力酔いで気分が悪かったリノはよく確認していなかったが、レベルアップしたことにより、体力と魔力の基本値がそれぞれ「20」増えていた。
「ちょっと、あなた。えーと、リノさんでしたよね、聞いてますか?」
ヤバい、レトさんがなんか言ってる。
「すみません、お腹がすいてっていうか、ちょっとぼんやりしてました」
「そういえば昼を過ぎてますね。仕方がありません、ついてきてください、先に昼飯を食べに行きましょう。トトマス男爵に会うのはその後です」
あら、レトさんがおごってくれるのかしら。収納にトメばあさんのおにぎりが入ってるんだけど。
そういえばこの収納って、時間停止機能が付いているのかな? どうなんだろ。
おにぎりは、夕食だな。それまで悪くならないといいな。
のんきなリノは、今度は収納の性能について考えながら、レトにドナドナされていくのだった。




