冒険者ギルド
今日のお話は、食べながら読まない方がいいかもです。
リノがギルドに入っていくと、手前のホールには冒険者は一人もおらず、正面の受付カウンターに三人の女の人が並んで座っていた。
左から、サルさん、アサヤ系のお姉さん、犬さんだね。
これはどこに行くべきか……。
やっぱりサルさんかな。どこかレオナさんに似ていて、安心感があるかも。
近づいていくと、サルのお姉さんが顔を上げ、不思議そうに首をひねりながら、リノの方をうかがってきた。
「何かご用ですか」
「あの、冒険者登録をしたいんですが」
リノがそう言うと、目の前のサルのお姉さんだけではなく、隣に座っているアサヤ系のお姉さんもリノの方をジッと見てきた。
「あ、あぁ登録ですね。ちょっと待ってください」
サルのお姉さんがカウンターの下をゴソゴソと探して、ようやく登録用紙と鉛筆を出してくれた。
「こちらに名前と住所をお願いします。字は書けますか?」
あちゃー、そうだった。まだ字が書けなかったよ。
「えっと、読むことはできるんですが、こちらの字はまだ書けないので、書いてもらえますか? それと、住所もまだ決まってなくて」
「あー、外国の方なんですね。わかりました、名前だけ教えてください。それから、この下にお国の字でいいですから、サインをもらえますか?」
「はい、名前はリノです」
お姉さんに名前を教えながら日本語でサインをしたリノは、紙を反対向きにして鉛筆と一緒にお姉さんの方へ戻した。
「ふんふん、リ、ノ、っと。それではカードを作りますので、登録料の100バルをお願いします」
ガーン。登録料がいるんだ。聞いてないよぉーーー!
100バル……あるにはあるが、これを出すと全財産が120バルしかなくなってしまう。
「えぇっと、100バルですね。は、払います。あの、ちなみにすぐに受けられる仕事ってありますか?」
リノの必死の形相に、サルのお姉さんはちょっと引いていた。
「例の領事館のトイレ掃除の仕事があるじゃない。この人の服装だと、森へ行って採集なんかできないでしょう」
「そうね。人員を送っとかないと、あそこの仕事が回ってこないし」
隣のアサヤ系のお姉さんが口を出してきて、サルのお姉さんと二人で、何やらギルド内の内情を暴露しながら話が進められる。
トイレ掃除かぁ~。
そんなの学校の掃除当番で、できるじゃん!
異世界ならではの薬草採集とか、ゴブリンの討伐とか、ドラゴンの掃討とか、もっと他に色々あるじゃん!
リノは、じゃんじゃん文句を言っているが、この場合、お姉さんたちの言うことが正しい。
まだ能力もわからない、字を書くこともできない外国人に、どんな仕事を斡旋せよというのだろう。
文句を言っていたリノも、内心では仕方がないと思っているので、お姉さんたちに諭された後、しぶしぶその仕事を引き受けた。
「結局、領事館のところに戻ってきちゃったか」
見上げるように大きな建物が連なる領事館は、レンガ造りの三階建てになっていて、前に写真で見たことがあるロンドンのビッグベンのような塔が、その両側に付いていた。
幅広の三段の階段を、先ほどから何人もの人が行きかっている。入口には、両開きの重そうなドアがあり、昼前の今の時間帯がまだ業務時間だと知らせるように、両側に開いて止めてあった。
最初に「総務課のレトさん」を訪ねるのね。
ギルドの二人のお姉さんによると、こんな事情があったらしい。
「あそこの掃除はいつも、専門の掃除婦さんがやってるんだけと、その人が家の都合でここ何日か休んでるらしいわ。それでこちらに掃除の仕事が回って来たってわけ。でも廊下や部屋の掃除はすぐに希望者がでるんだけど、トイレはねぇ。正直言って冒険者には不人気な仕事なのよ」
無理もない。冒険する者の仕事が「トイレ掃除」って、意味が分からない。
けれどお姉さんたちは二人してリノにプレッシャーをかけてきた。
「ただ、こういう不人気な仕事を率先して引き受けてくれたら、ギルドポイントも溜まるし、すぐにランクアップできるわよー」
「そうそう、やってくれるわよねっ!」
と、リノを説得してくる圧がすごかった。これは、よほど困っていたのだろう。
まぁ、ギルドの都合はどうあれ、お金がないリノには選択肢があまりない。
やりましょう、やらせてもらいますとも。
領事館の中は、日本の市役所によく似ていて、違うのは大きな柱があちこちに立っていることだろうか。
たぶん壁を少なくして大きな空間を実現するには、こうするしかないのだろう。
総務課は、入り口のすぐ右手にあり、誰かに尋ねなくてもすぐにわかる場所だった。
手前に座っていた人に、冒険者ギルドからトイレ掃除にきたことを伝えると、すぐに窓際に座っていたアサヤ系のお兄さんが席を立ってこちらに出てきてくれた。
「やあやあ、やっと来てくれましたか、待ちわびましたよ。さっそく掃除をお願いします。トイレは各階の西側にあります。三か所ありますからね。それと、掃除道具はどこも、一番奥にある戸を開けてもらえれば入ってます。掃除が終わったら、またここに来て僕に確認させてください」
なんとまあ、よくここまで立て続けに喋れるものだ。
「えーと、お兄さんがレトさんなんですか?」
「なんと、名前を言ってませんでしたか。ハハハ。そうです、僕が掃除を頼んだ担当者のレトですよ」
ハハハ、じゃないし。
「リノと申します、よろしくお願いします。では、掃除に行ってきます」
リノは会釈をすると、戦い?に出かけたのだった。




