別れ
おっと、危ない。
朝市が開かれていた広場に差し掛かったとき、広場から何台もの荷馬車が連なって走り出てきた。そんな馬車を避けて道の端によったリノは、店の前に設けてある歩道の上を通り、センガル村の馬車がある場所に歩いて行った。
見えてきた馬車の側では、ラクーがしゃがみこんで何かやっている。どうやら馬のくびきを繋いでるようだ。
「ラクーさん、帰りました」
「おう、買い物は済んだかぁ?」
「はい、いい店を見つけたんですよ。まぁ、本格的な買い物は、これからなんですけどね」
「そうかい。わしはこれから領事館に行って、村長に頼まれた用事を済ませてこようと思っとるんだけど、リノさんはどうする?」
「私はこれから冒険者ギルドに行ってみます」
「ほぉ、冒険者になるんかい。それもいいかもしれないな。じゃあ、その用事が終わったら、今日中に、あそこにある領事館を訪ねておいてくれな。リノさんが、この町に来てるって、トトマス男爵に伝えておくからよ」
ラクーが指さした領事館の建物は、大きいのですぐわかる。
でも、男爵ってなんだ? ラノベで読んだ爵位と同じなら、男爵は爵位が一番下あたりの下位貴族だよね。
それにトトマスだって。ふふ、トマトとナスが合体したみたいな変な名前。
「えーと、その男爵さんがどうかしたんですか?」
「あれ、村長から聞いてないんかい。うちの村がお世話になっとる文官さんだよ。村役場の前に貴族さまが泊まる建物があるって教えたろ? 月に何度か、男爵さんがあそこに泊まりに来て、村の仕事を片付けなさるんさ」
「ああ、オータム領でセンガル村を担当してる地方官の方なんですね」
「そうそう、そげな役職だった。リノさんが王都に行くときの旅費なんかも頼んどくで、忘れんようにもらいに行ってくれな」
「それは絶対行かなきゃなりませんね。はい、ギルドに行った後で必ずお伺いします。よろしくお伝えください」
「ハハッ、こっちからもよーくお願いしとくわ。んじゃ、わしからはこれが餞別だ。売れ残りの物で悪いんだけんど、今日は手伝ってくれてありがとさん」
ラクーさんがくれたのは、トマトやナスやキュウリなどの夏野菜、そして大きなカボチャも入っているカゴだった。
「あ、え? ありがとうございます、こんなにたくさん」
「王都へは気をつけて行くんだぞ」そう言って、馬車に乗り去っていくラクーさんを、両手で抱えるように持ったカゴと共に、ぼんやりと見送った。
そうか、これでラクーさんとはお別れなんだ。
王都へ行くと口では言いながら、リノはまたラクーさんの馬車に乗って、どこかに連れて行ってもらえるのではないかと思っていた。
かつて自分が辿り着いた村を終の棲家とするという、ピエールさんの気持ちが、少しだけわかったような気がした。
寂しさを振り払い、抱きしめていた野菜のカゴを<収納>に入れたリノは、ここでまた必要になったものがあるということに気がついた。
野菜を料理するためには、調理器具がいるじゃん。
包丁に、まな板に、鍋。フライパン、ボール、それにザルがあると便利かな。
調味料も必要だ。
塩、コショウ、みりん、味噌、醤油、コンソメや出汁醤油、ケチャップにオイスターソースにコチュジャン。かつおだしの素や鶏がらスープの素も必要でしょ。
味をグレードアップして箸休めの副菜も作りたい。だし昆布に、カットわかめ、ヒジキに切り干し大根に、ニンニク、ショウガ……。
食卓には、マヨネーズとドレッシングは鉄板で置いておく。鉄板といえばソースは最低でも三種類ぐらい必要だろう。中濃とお多福に、焼き肉のたれ。
考えだしたらキリがない。
……………………………………………………。
冒険者ギルドで仕事があったら、「塩」と「ナイフ」だけでも買おう。
いろんな音がして賑やかな職人通りを歩いていると、自分は今まさに、異世界にいるんだという感慨が胸をよぎる。
鎚を打つ音だ。ここは鍛冶屋さんだね。お向かいからは機織り機の音がする。
「へえー、ツルは恩返しをする時に、こうやって機を織ったのかな」
「おいおい嬢ちゃん、さっきから見てるとあちこちフラフラして危ねぇぞ。そんな真っ赤など派手なあっぱっぱーを着て、ゾウリ履きとはなんだい。ここは浜辺じゃねえんだぞ」
機織りをしている様子を窓から覗いていると、冒険者風の格好をした犬のおまわりさん、じゃなくて、犬人族のおじさんに叱られた。
これは……ギルドに入る前から、テンプレ発生か?!
リノがワクワクが止まらない、何かを期待した目をして、おじさんを見つめると、その人は「なんだい、変な奴だな」と急に逃げ腰になって、側にあった大きな建物に飛び込んでいった。
残念。
テンプレに逃げられた。
おじさんが逃げていった建物を見ると、入り口が西部劇のようなスウィングドアになっていて、外の壁には盾と剣を模した看板がかかっていた。
おうっ! これは、もーしーかーしてぇー……。
やっぱり「冒険者ギルド」だ!
<地図>を開くまでもなく、すぐにわかった。
入り口のドアの上には、「冒険者ギルド・オータム支部」と太い字で堂々と書かれた看板もかかっていたのだった。




