レベルアップ
森の中の坂道を登り切った馬車は、今度は草が揺れる高原を東に向かって進んでいた。
高い空の上を鷲のような大きな鳥が舞っていたが、ラクーによると「あの鳥は魔獣ではない」そうだ。
目前に山が迫ってきた時、ラクーが気遣うように荷台にいるリノに声をかけた。
「リノさんや、あっちに山と山に挟まれた峠道が見えるじゃろ。あの峠を下って森を抜けたら、すぐにオータムの町が見えてくるからな。もうちょっとの辛抱じゃ」
「うっぷ、ふぁーい」
リノは少しだけ顔を上げ、ラク―に言われた景色を確かめると、また青い顔をして野菜カゴの隙間に身を横たえた。
センガルの村はずれにある最初の森に入った時、暗い森の中に光の玉を飛ばしていくのに夢中になったリノは、ついつい魔法を使い過ぎてしまったらしい。どうもそれで、魔力が枯渇して魔力酔いの状態になってしまったようだ。
ラクーが「御者台から降りて、しばらく荷台に寝転がっとれ」と言ってくれたので、おとなしく横になっている。
しかし魔力がなくなると、こんな情けない状態になるとは思わなかった。もともと魔力なんぞ持っていなかったのに、なんともおかしなことだ。
リノは小さな頃から家の漁船に乗り慣れていたので、船の揺れなどへとも思っていなかった。そんな境遇で育ったため、三半規管が発達していたのか、生まれてから一度も車酔いになったことがない。
学校の友達で、バスに乗るとすぐに酔ってしまう子がいたが、彼女の辛さが初めて理解できた。
フミちゃんは、いつもこんな思いをしてたのかぁ。修学旅行や遠足の時に、もっと優しくしてあげればよかったな。
うー、この気持ち悪さは、なんとかならんもんか……。
そうだ、昨日の夜、ステータスを見た時に、増えてたスキルポイントを割り振ってなかったな。あれを魔法に全振りしたら、なんとかなる?
<ステータス>
名前 リノ
年齢 17歳
人種 アサヤ系異世界人
分類 女
体力 63/70
魔力 1/120 (魔力枯渇状態)
スキル 異世界人パック 8, 魔法全般対応 8
レベル 1
スキルポイント 84
ん?
ステータスを出してみたら、なんだかスキルポイントの数が多いような気がする。
けれど気分が悪くて深くものを考えられなくなっていたリノは、「84」あったスキルポイントを、魔法全般対応スキルに全振りした。
すると、表示はこんな風に変わった。
体力 90
魔力 140
スキル 異世界人パック 8, 魔法全般対応 92
レベル 2 New
スキルポイント 0
お? おおおっ?!
「治った!!」
「うおっ、びっくりしたー」
急にリノが飛び起きたので、ラクーも驚いて背中がビクついていた。
すごーい、スキルポイントって万能だね。
無茶をいう、これは完全に偶然だ。
たまたま、スキルポイントをスキルに割り振った時の合計数が100になったので、レベルアップと同時に体力と魔力が初期化更新されたことが、うまくかみ合ったに過ぎない。
強いて言うなら、リノの「運」が能力を発揮したのかもしれない。
元気になり、再び御者台に腰かけたリノは、高原から森へと移り変わっていく景色の中で、また周辺の警戒をしていった。
森の中ではあちこちからセミや小鳥の声がして、木々の湿った香りが馬車を包み込んでくる。
「いい匂い。森林浴なんて久しぶり。こんな森の中に住むのもいいなぁ~」
先ほどまで死にそうな様子であったリノの、あまりに現金な言動に、ラクーはあきれてものが言えなかった。
「森の中に住んだら、家がもたんぞ」
「え、どうしてですか? よく森の中のコテージとかって、観光地にあるじゃないですか」
「そりゃあ、観光地なら金をかけてたびたび補修をしとるんだろうさ。森の木々が蓄えるこういう湿気は、すぐに家の中をカビだらけにしちまうんだよ。カビは建材も腐らせてボロボロにするからなぁ。金がかかってしょうがない」
「うわぁ、そうなんだ。夢が壊れた~」
リノの実家は海辺の村の中にあったので、金属を使った物干しざおや自転車などが、潮風で傷んでボロボロになってしまうことが多かった。だから、大人になったら森や林がある土地に住み、爽やかなみどりの風のなかで暮らすというのが、リノの夢の一つだった。
どこに住むにしろ、何かがボロボロになるんじゃん。
確かに。
自然は時に厳しいものがある。
けれどそうかといって、便利な都会に住むと、大勢の人にもみくちゃにされて、精神がボロボロになるということもありえる。
生きるということは、難しいものだ。
そんな考察を乗せ、リノたちの馬車は峠を抜け、森を抜けると、オータムの町につながる広い街道に出ていった。
街道では、何台もの馬車が競うように町を目指している。そのうちの何台かは、ラクーと同じような目的があるようで、荷台にはたくさんの野菜が積み込まれていた。歩行者は、そんな馬車を避けるように道の端を歩いている。
道沿いには早くも店が建ち並び始めており、オータムの町門が見えた時には、あちらこちらから物を売る威勢のいい掛け声が聞こえるようになってきた。




