そんなバナナ?!
兄貴が操作する小型ボートのスクリューが大きな白波を立てている。
唸るようなエンジン音が聞こえてきて、急にピンっと張った引き綱に緊張感を覚えた莉乃は、バナナボートの取っ手をギュッと握り直した。
兄貴の奴、ちょっとスピード、出し過ぎじゃない?
そう思って大声を出そうとした時、目の前の景色がブレたように、ぐらりと歪んだ。
「あれ?」
張りつめていた引き綱が、歪みの向こうから突然プツリと切り離され、莉乃が乗っていたバナナボートがすうっと波の上に置き去りにされてしまった。
「え、え、兄貴のボートはどこ行ったの?!」
波にユラユラ揺れている視界の中をいくら探しても、兄が乗っていたボートの影も形もなくなっていた。
それだけじゃない。
ボートのエンジンの音も、浜辺に流れていた歌謡曲の音も、大勢の海水浴客が遊ぶ喧騒も、すべてが聞こえなくなっている。
今、莉乃の耳に聞こえているのは、バナナボートに波がぶつかってくるちゃぷちゃぷという小さな音だけだった。
沖からの風が強く吹きつけ、バナナボートをぐらりと揺らしたことで、ハッとした莉乃は呆けていた自分をしかりつけながら、やっと次の行動を考え始めた。
なんかわからないけど、取り敢えず岸に上がった方がいいみたい。
莉乃はバナナボートから下り、冷たい海の中に火照った身体を浸すと、ちぎれたロープを海の中から引っ張り上げ、先っちょをわっかに結んだ。
ちょっと重たいけど、浜辺までぐらいなら引っ張っていけるかな。ま、ロープを腕に通すと、横泳ぎか背泳ぎしかできないのがめんどくさいとこだけど。
しかしどうこう言っても小さい頃から海で泳ぐことに慣れている莉乃は、大きなバナナボートを引っ張ったまま砂浜まで帰ってくることができた。
「ハァハァ……ヤバっ、この距離を泳ぐのはさすがにキツイよぅ。それに……」
ここ、どこ?
さっきまで砂浜に溢れていた海水浴客は、どこにもいない。
白い砂の上には誰の足跡もなく、寄せては返す波の音だけが静まり返った海岸に絶え間なく響いていた。
「……はは、タイムリープか、異世界転移か……それとも宇宙人にでも攫われちゃった?」
莉乃の独り言に返事をしたのは、クワーッと甲高い声で鳴くカモメの姿だけだった。